ホモソーシャルに生きる男性たちが、いとも簡単に「ヤバくなる」瞬間

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高橋:就職面接を受けている学生、といった印象でした。自分たちが加害者として法廷に立っているということはよくわかっていて、こういう場ではこう振る舞うべき、というのを実践している感じで、あまり感情は見えなかったですね。

三浦:これまで獲得してきたdoingを裏切らない振る舞いってことかぁ。

高橋:本当に悪いと思ってはいないんだろうなぁ、というのが伝わってきましたね。私は、加害者と被害者がいる裁判において、被害者が望むことに応じるというのは、謝罪の意思を表明することになると考えています。被害女性は彼らに「東大をやめてほしい」と望んだのですが、自分たちにとって大事なことだからやめられないというんです。その後、大学側から退学や停学処分になるんですが、反省するどころか、彼女のせいでとばっちりを受けたとしかとらえていないんだろうなと想像してます。

日本全体が人の尊厳を軽視する社会に

清田:東大をやめるって、彼らにとって最も痛いことですよね。慰謝料などを払うにしても、学生である彼らの場合は親が出すでしょうから、自分たちは何も失わない。謝罪文だってきっと上手に書く。でも、東大というdoingを手放すのだけはつらい。彼らにかぎらず性暴力で実刑を受けないなら、仕事とか肩書とかdoingを取り上げるのが一番のペナルティってことになってしまうのかな。本来なら相手のbeingを踏みにじったことの意味を考えて考えて考え抜いたうえで、自分なりに反省の意を示しつづけていくべきだと思うのですが……。

高橋:男性は子どものころから泣いたり弱音を吐いたりしてはいけない、と教育されてきた人が多いですよね。beingを表現する機会があまりない。それで余計にdoing偏重になるのかな。女性でもdoingばかり重んじる人は少なくないし、もしかすると日本全体がdoing化してる。

清田:話は飛びますが、それが話題の“生産性”という言葉にも表れているような気がします。人間は存在するだけでは価値がない、社会の役に立ってこそ価値があるという考えがあの言葉の背景にあるはずなので。何をするにしても成果や効率が重視され、ごく自然な感情や生理的反応すら無駄なものと見なされてしまう……。beingを軽視し、doingを重視する価値観が今後ますます強まっていきそうで恐ろしいです。

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 読み終わったとたん誰かと話したくなる『彼女は頭が悪いから』。3人の座談会もいつまでも話がつきないので、締めくくりとして最後にそれぞれもっとも印象に残ったシーンを挙げてもらった。

高橋:事件後に被害者の美咲がネットで「東大生の人生をダメにした勘違い女」と叩かれまくるところです。スペックが高いほうが正義、という価値観が私含め誰もの奥底にあるのではないかということを見せつけられました。

清田:ミソジニーは”徒弟制”だと姫野さんが喝破しているところがめちゃくちゃハッとしました。〈さながら徒弟制のごとく、親方はマニュアルを渡して教えてくれず、丁稚は親方のやるのを見て感じて肌で得ねばならない〉。男社会で女性蔑視がナチュラルに継承されていく仕組みを見事に見抜いた描写だと感じました。

三浦:被害に遭ったあとの美咲に心ある声をかけてくれる人がいますが、その人にも被害経験があった。ほかにも彼女になんらかの形で心を寄せてくれたのは、おそらく何かしら人に自分を踏みにじられた経験がある人たちというところがやるせないです」

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