いまの日本社会で、女性が性暴力や女性差別について発信するとはどういうことか

文=石川優実
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石川:たしかに私も、過去に女性がどういう運動をしてきたのかぜんぜん知らないです。

小川:100年も昔の話じゃなくても、1980年代、90年代だって女性差別はありました。でも育休も取れず、子どもを産むなら仕事をあきらめるしかなかった時代のことも、あんまり話されない。女性が声をあげてすぐにすんなり受け入れられたなんてことはなく、ないがしろにされても戦いつづけたことで勝ち取ってきたものです。なのに、それがぜんぜん知られていないような。

石川:小川さんは何をきっかけに、男女差別の問題が気になりだしたんですか?

小川:性暴力については、子どものころから「何なんだろうこれは?」というモヤモヤした疑問がずっとあったんですよ。でも、大学時代はジェンダーもフェミニズムも、フェミニズムに対するバッシングもぜんぜん知らなかった。大きなきっかけは、2015年の1月にあるニュースサイトの記事を見たことです。20代から60代の女性に「女性専用車両は必要ですか?」というアンケートをとっていました。60代女性の7割が女性専用車両は必要と答えた結果について、記事を書いた男性ライターが「痴漢も相手を選ぶと思いますけどね(笑)」と書いていて、プチ炎上したんです。

小川:私もこれはおかしいと思い、自分のブログで痴漢被害の体験を明かし、「男性と女性で見えてる世界はぜんぜん違うのではないか」と書いたんです。すると大きな反響があって、「私も痴漢に遭っています、書いてくれてありがとうございます」「娘が痴漢にあって、許せない思いをした」といったメッセージがたくさん届きました。

石川:それ以前は、性暴力が専門というわけではなかったんですね。小川さん自身、そのブログを書いたことで心境は変わりましたか?

小川:踏ん切りがついたという感じでした。それまでは自分が痛めつけられた話を書くことで、「弱い子ぶってる」「かわい子ぶってる」「同情を引こうとしているんじゃないか」「目立つためだろう」と思われるのを心のどこかでイヤだと感じていました。性とか性暴力について書くと悪目立ちしたり、イロモノと思われたりするのではないかと抵抗があったんですけど、それが吹っ切れました。自分は本当はずっとこの問題をやりたかったんだって思ったんですよね。

石川:私が#MeTooの記事を書いたときとちょっと似ていますね。私も、#MeTooの流れが来る前から、ずっとどこかでいいたいとは思っていたんですよ。でもただの暴露話だと受け取られたり、目立ちたいだけ、同情をほしがっているだけと思われたりするんだろうな、って。けど実際書いたあとは、発信して、意見をもらって、また考えて、ってことを私はずっとやりたかったんだなっていつも感じています。

性暴力イヤは、わがままではない。

石川:ところで『ほとんどないことに~』のなかで、友人同士のLINEグループで女性を差別するような発言が相次いで、結局グループを抜けたお話を書かれていましたよね。私、フェミニズムや男女平等などを勉強して発信しはじめてから、距離ができた友だちがけっこういるんです。SNSでもフォロをー外されたりとか(苦笑)。タレントの子もいれば、主婦、あと男性も。たぶん私が発信していることをただの文句だと思っているのかな。離れていくのはしょうがないけど、やっぱりちょっと悲しいし寂しいです。

小川:私もそんな反応があると感じます。性暴力イヤだよっていうのは、不満とか文句とかじゃない、当たり前のことなのに。

石川:ほかの犯罪だったらそんなふうに取られないですもんね。「強盗がない世の中にするには!」という人に対して「わがままいうな!」「文句ばっかりいって!」とは返ってこない。なぜ性犯罪だけそういうふうに取られるのか。そこがやっぱり男女が平等じゃないと感じるし、女性はつらくても傷ついても黙っていろ、我慢しろという意識が隠れてますよね。それにさえ気がついていないんだろうけど。

小川:そういうことを聞きたくない人っているんですよね。男性が聞きたくないのはまぁわかります。自分が責められてる気がするんだろうなと。女性が聞きたくないのはなんでだろう?

石川:なかには自分は我慢しているという意識の人がいて、私の被害を聞いても「これくらいのことはみんなあるのにね」という気持ちになるし、だからわがままだと思うのでは。「女性差別なんてない」と女性がいう場合も、同じような背景だと思います。

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