いまの日本社会で、女性が性暴力や女性差別について発信するとはどういうことか

文=石川優実
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小川:「しなやかに、かわすのがかっこいい!」とかいわれますよね。そういう人とも、20年後にはわかり合えるかな。

石川:私もそれを期待しています! 世の中がどんどん変わっていって、「あのとき石川がいってたことって、こういうことだったんだ」と、いつでもいいからわかってくれたらうれしいですよね。本人もその方が生きやすくなると思いますし。小川さんが性暴力について発信しはじめたのが2015年ですが、当時と比べて世の中の状況や社会が変わったなと思うことはありますか?

小川:私から見たら変わっているように見える……けどそれは、私がどんどんこの問題にコミットして、いろんな人との出会いがあって、そういう人が増えているように見えるだけかも。ただ、#MeTooもあって、東京医科大の差別入試問題なども顕在化しているので、多少なりとも変化はあるのでしょう。ここで踏ん張らなければいけないと感じています。多くのセクハラ事件を担当されてきた弁護士さんのなかには、日本ではセクハラが性差別という認識がないことが問題だと指摘する人もいます。アメリカでは、セクハラは性差別であり、雇用における性差別は禁止されている。けれど、日本の場合は、何が性差別にあたるのかの根本的な規定がない、と。

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Thinstock/Photo by nito100/Photodisc

小川:世間一般でも性暴力=性差別だと認識している人はとても少ないですよね。こうして差別からちょっとずつ目を逸らしてきたから、いまも女性が何を訴えてもわがままとしか受け取られないのかなと思います。東京医科大の問題だって、差別じゃなくて必要悪だっていう人がいるくらいですもんね。

石川:セクハラも性差別ですよね。

小川:もちろん、セクハラも性暴力も男性が被害者になることもあります。ただ、女性がターゲットになる場合、「女は男にとって魅力的だから」「男は性欲をおさえられない生き物だから女は気をつけないと」というようなおかしな言い訳がまかりとおってきた。それは性差別だと思います。

石川:そもそもセクハラを「嫌がらせ」とも認識していない人が多いですよね。ハラスメントってついてるのに略されてしまって、言葉として軽くなっていると感じます。

小川:「ハラスメント」という言葉は英語では「繰り返される攻撃」のような、強い意味合いの言葉だと聞いたことがあります。けれど日本語にそれに相当する言葉がなく、「性的嫌がらせ」と訳された。セクハラって言葉ができたことは大事だと思いますが、痴漢と同じで、響きが軽く聞こえるのは残念です。

性暴力について書いてきて、悲しかったこと

石川:もっと「これは人を傷つけていることなんだ」ということがパッと伝わるような言葉があればなぁ。

性暴力について発信していると、このように伝わらないもどかしさなどいろいろとあると思うんですが、小川さんがいままで発信されてきて一番悲しかったこと、うれしかったことはどんなことでしょう?

小川:悲しいのは、被害者の言葉を信じてもらえない様子を目の当たりにすることです。性暴力の被害者に対して、なぜかみんな“潔癖”を求めてしまうんですよね。被害に遭う人だって普通の人だから、性格がいい面も悪い面もあって当たり前なんです。それから、なかには被害を受けて本人が人との接触が怖くなってしまって、知らない人からすれば性格が悪いとか、コミュニケーションが取りづらいとか、そんなふうに見える人もいます。そのせいで余計に被害に遭ったと信じてもらえないことがあります。

石川:逆に被害に遭ったことで性に対して奔放になる人もいますよね。そこだけを見て「被害に遭ったなんて嘘だ」といわれることも。

小川:そうです。めっちゃ性格がよくて品行方正な人しか被害者として認めない風潮がまだあるなあと思います。

石川:被害事実の信ぴょう性が、その人の普段の態度で左右されてしまうということですね。こういう人なら信じてやろう、こういう人は信じない、という。

小川:人間だからそうなってしまうのはある程度は仕方ないんだけれども、自分にそう見てしまう気持ちがあるということはわかっておいたほうがよいと思います。一般の人は裁判官でも警察官でもないわけだから、目の前の人がいうことを信じたところで何か困るわけじゃない。なのにわざわざ、つらい思いで打ち明けた人に向かって「嘘でしょ?」などという。

石川:なんのために、そういってくるんだろう。

小川:自分の世界のなかにはない出来事だからでしょうね。

石川:そうした反応に出くわすと、被害者がどんどん生活しづらくなりますよね。次第に傷が癒えてその後は楽しく生きられるのが一番いいのに、楽しそうにしているだけで被害に遭ったと信じてもらえなくなる。伊藤詩織さんが会見のときにシャツのボタン開けていただけで、「あれは被害者じゃない!」と決めつける人がいてびっくりしました。シャツのボタンと被害事実の有無には、なんの関連性もないのに。

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