3割は長期入院となる統合失調症
ーー2017年12月に大阪府寝屋川市で起きた監禁事件の被害女性は統合失調症だったということでした。統合失調症とは、いったいどのような病気でしょうか?
岩波明 単純化していうと、「思考や行動、感情などの精神機能をコントロールする能力が長期間の経過の中で持続的に低下する病気」です。幻覚・妄想・精神運動興奮などの「陽性症状」、感情的な反応が鈍くなり意欲が低下する「陰性症状」、記憶力・思考力などが低下する「認知障害」などの症状が見られます。発症後の急性期と呼ばれる時期には、通常は、幻覚や妄想などの陽性症状が中心となりますね。

岩波 明(いわなみ・あきら) 1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に『殺人に至る「病」〜精神科医の臨床報告〜』 (ベスト新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。【写真/村田卓(go relax E more)】
ほとんどの当事者において、真の意味での完全回復は困難なことが多いです。この疾患は、20代で発症したとすれば、その後50年、60年と長く付き合っていかなければならないものです。ただ、現在では治療効果の高い薬が開発されていますので、急性期の激しい症状も投薬によってある程度は治まりますし、その後も、患者が持つ本来の能力を100とすれば、80くらいまでは回復し、社会復帰することが可能な例もあります。
しかし、そういう社会生活が可能なまでに回復するケースは3割程度といわれてきました。残りの3割は、自宅での療養か作業所やデイケアなどの社会復帰施設を利用しているような状態、いわゆる自宅内寛解の状態ですね。そして残りの3割は、長期入院となると考えられてきました。ただ現在では、ある程度までは社会復帰できるケースが増加しています。
発症後の具体的な経過というのは人それぞれで、意欲の低下や自閉などのいわゆる欠陥状態が長く続く患者もいれば、ときどき興奮はするけれども比較的穏やかに過ごせる患者、常時暴力的な問題行動を起こす患者など、本当にさまざまです。
寝屋川市の監禁されていた女性が実際にはどのような病状だったのか、報道だけでは詳細はわかりませんが、適切な治療を受けていれば、少なくとも簡単な仕事ができるくらいには回復していた可能性はありますね。
急性期の患者を受け入れられる病院がない
ーーそれなのに、なぜ治療を受けさせずに亡くなるまで監禁が続くようなことになってしまったのでしょうか?
岩波明 今回の事件に関しては、報道だけでは事実関係が不明ですが、その背景にある状況については、いくつかの要因が考えられると思います。
まず第一に挙げられるのは、そもそも精神科病院が、当事者にとって利用しやすい施設とはいい難いという点です。日本の精神科の病床数は他国よりは多いのですが、急性期で症状の重い患者さんを受け入れることが可能な施設は十分ではありません。
これには、わが国の医療に関する政策が関連しています。基本的な政策として厚生労働省は、膨れ上がる医療費を少しでも抑制したいと考えているのはよく知られていますよね。それは精神科についても同じで、病院規模の指標のひとつである「ベッド数」を減らしたいと考えています。そもそも日本は、政府の主導によって昭和30年頃に民間に精神病院をどんどんつくらせたという過去を持っています。このため、民間の精神科の病院が欧米よりも圧倒的に多いのです。医療費抑制のためにそれらの病院を政策的に減らそうとしても、公立病院ならいざしらず、私立病院はそう簡単には減らせません。それぞれの病院に抱えている患者もおり勤務する人がおり、経営もありますから。
そのため政府は、1990年代頃から入院患者の保険点数を下げ、政策的に入院患者を減らすようにしてきました。結果、精神科に関しても、ピーク時のベッド数36万床程度から現在は33万床を超える程度にまで減りました。しかしおそらく厚生労働省としてはさらに減らしたいのでしょうから、保険点数の抑制傾向は今後も続くでしょう。現在の保険点数は、長期入院のケースでは、1990年代の半分程度にまで低下しています。
保険点数が低いと、民間病院では医療費だけではなかなか利益が出にくくなっていきます。精神科の入院患者の場合、1日に患者1人あたりにかかる保険診療における医療費は、1万~1万5000円程度というのが一般的です。それで治療費や看護スタッフの人件費をまかなわなければならないわけですが、現在の保険点数ではとてもやっていけない。結果、看護の補助的な仕事については無資格のスタッフを採用して人件費を下げ、日用品や食費などで細かく利益を出して、かろうじて存続させていく……という方法を取ることになっていく。いまは、どこの病院でもたいてい似たような状況でしょう。
重症患者の治療を24時間体制で行う「急性期病棟」となると保険点数は高くなりますが、急性期の患者の治療についてはスタッフの負担が重く、医師の数など施設基準にもかなりの縛りがあり、対応できる病院は限定されています。このため多くの精神科病院においては、症状の重い急性期の症例であるほど対応が難しい、という事態が生じているのです。
一方で、こうした急性期の患者を扱う病院においても、以前のような長期入院は難しくなりました。いったん入院できても、長期入院となれば保険点数が下がるので、病院は早く退院させたがる傾向があります。さらに、退院後すぐの再入院では保険点数が3分の1にまでなってしまうため、再入院を受け入れてくれないというケースも生じています。そうなると、いちばん対応が大変な急性期の患者が入院する病院がない……という状況に陥ってしまうわけです。
暴力行為や別の問題行動があるような処遇が難しい患者は、病院から敬遠されがちです。家族が粘り強く交渉すれば入院できるケースもあるかもしれませんが、かなりの努力が必要となります。