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「児相だけの責任に帰していいのか?」“目黒虐待死事件”専門委報告を河合幹雄・桐蔭横浜大学教授に聞く

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厚生労働省の専門委員会による検証結果を報告するページ(厚生労働省サイトより)

 2018年10月3日、厚生労働省の専門委員会は、同年3月に東京都目黒区で発生した船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5歳)虐待死事件についての検証結果に関する報告書をまとめた。

 この事件をめぐっては、6月に義父の船戸雄大容疑者(33歳)と実母の優里容疑者(25歳)が保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕されている。結愛ちゃんが覚えたばかりのひらがなで書いた“反省文”の存在や、雄大容疑者の「モデル体型にしようとして」食事を制限していたことなどが報じられ、多くの人々が怒りと悲しみを覚えた。

 また、船戸家は2018年1月に香川県善通寺市から東京都目黒区へ転居しているが、それ以前の2017年の2月と5月に、雄大容疑者は香川県警により結愛ちゃんに対する傷害容疑で2度にわたり書類送検されている(いずれも不起訴)。

 これに対し、虐待の事実を知りながら十分な保護措置を講じなかった転居元の香川県児童相談所の判断や、転居先の管轄である品川児童相談所への引き継ぎおよび警察との連携の不備を非難する声が多く上がっており、先述の報告書でも同様の指摘がなされている。

 虐待死を未然に防げたかもしれない児相に対し、批判の矛先が向くのは当然のこと。しかし、だからといって安易に「児相のせい」と片づけられない側面もあるようだ。この事件をどう読み解くべきか、法社会学者で日本における犯罪実態に詳しい桐蔭横浜大学法学部教授の河合幹雄氏に聞いた。

過去の不起訴は「妥当でない」とまではいえず

—-雄大容疑者は転居元の香川県で2度書類送検されたものの、いずれも不起訴になっています。検察のこの判断は妥当だったのでしょうか?

河合幹雄 表面的な事実だけで判断すれば、「妥当でない」とまではいえないと思いますね。まず、雄大容疑者は当時、きちんと定職に就いていました。娘に暴力を振るっていたとはいえ、一応は家族のためにちゃんと働いていたわけです。しかも、周囲の評判は必ずしも悪くない。元同僚によれば、明るく社交的で皆に好かれる人だったといいます。

 検察は、犯罪の成立自体は確実な場合でも、被疑者の素行や反省の態度、再犯の恐れなどを総合的に考慮して、起訴するか否かを判断します。そのため、今回のケースを不起訴処分としたとしても、残念ながらその限りにおいては不思議ではないのです。

—-では、批判の集中している児相の対応についてはどう見るべきでしょうか? この10月、厚生労働省の専門委員会は、関係機関との連携などに問題があったとする報告書をまとめています。委員長の山縣文治関西大教授は、「適切に対応すれば、亡くなる可能性は低くなったはずだ」と述べていますが。

河合幹雄 虐待死という最悪の結末を迎えてしまった以上、もちろん児相や関係機関の対応に問題がなかったとはいえません。ただ、一方でこのケースでは不幸なことに、児相の判断ミスを誘うような要因がいくつか重なったことも確かです。

 ひとつは、結愛ちゃんの容姿や態度。事件後に公開された写真を見ればわかる通り、結愛ちゃんは非常に笑顔のかわいらしい女の子ですよね。香川県児相の職員も「よく甘えてくる」「とても人懐っこい子だった」と証言している。親に甘やかされた経験がなければ、なかなかそういう子には育ちません。少なくともある時期までは、きちんと親の愛情を注がれて育てられたことがうかがえる。そしてそのことが、児相の判断ミスを誘発してしまった可能性があるわけです。

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河合幹雄(かわい・みきお) 1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著作に、『日本の殺人』(ちくま新書、2009年)や、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店、2004年)などがある。

 また表面上、虐待の程度自体がそこまで重いものに見えなかった、という側面もあると思います。死に至るような本当にひどい児童虐待では、親自身も幼い頃に虐待を受けていた、いわゆる“虐待の連鎖”を断ち切れず家族全員が心身ともにボロボロ、というケースが多い。児相の職員は、あまりに悲惨すぎて公共の電波にはとても乗せらない、そうしたケースが実際に多々あることをよく知っています。

 それらと比べたとき、今回のケースが、職員の目にそこまでひどいものと映らなかったとしても不自然ではない。逆にいえば、世の中にはそれほどひどい虐待のケースが実在するということですが。

児童虐待の実数は減っている

 現実問題として、日本では結愛ちゃんの事件以上に悲惨な虐待事件が発生している。また、厚生労働省のまとめによると、全国の児相が2016年度に対応した児童虐待の件数は前年度比18.7%増の12万2578件(速報値)で、過去最多を更新。1990年度の集計開始以来、26年連続の増加となっている。

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—-今回の事件以降、当然ながら以前にも増して児童虐待に対する社会的関心は高まり、関連報道も増えています。児童虐待をめぐるわが国の状況は悪化し続けているように見えますが、本当のところはどうなのでしょうか?

河合幹雄 結論からいうと、児童虐待の実数は減っていると見て間違いないですし、諸外国と比べても日本はかなり少ない。とりわけ幼児の殺人件数が劇的に減少していることは、犯罪統計にはっきりと表れています。児相の対応件数が増加の一途をたどっているのは、実際に虐待の件数が増えているからではなく、この種の事件がメディアやネットを通して以前よりも注目されるようになり、その結果児相という機関の認知度が高まって、市民からの通報件数が増えたからであると見るべきでしょう。

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「つけ加えるなら」と河合氏は続ける。幼児の殺人件数については、公式統計をもとに過去と現在を比較してもあまり意味がないという。なぜなら、かつてのわが国において、幼児の殺人事件については、明確な証拠がない限り「事故死」や「病死」として処理されてしまうケースが多々あったからだ、と。

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河合幹雄 特に戦後間もない頃は、貧しさもあって子どもの命は“軽く”扱われていました。象徴的なのが「寿産院事件」です。これは1944年4月から1948年1月にかけて東京都新宿区で起こった嬰児の大量殺人事件で、被害者の数は103人といわれています【註:正確な数は判明しておらず、推定被害者数は85人から169人の間とされる】。

 驚くべきはその量刑の軽さで、東京高裁が主犯の女に対して下した判決はたったの懲役4年。寿産院は戦後のベビーブームの際に大量の嬰児を預かったのですが、その多くを餓死や凍死などで死亡させてしまった。ただ、親としては戦直後の混乱期の中で自分たちではとても育てられないからこそ病院に預けたのであって、仮に預けなかったとしたら、もっと早く亡くなっていたかもしれない。そうした背景も織り込んだうえでの判決だったのだと思われます。

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