友だちが白人警官に撃たれて死んだ……黒人少女はその時。映画『The Hate U Give』

文=堂本かおる
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(c) 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

 心待ちにしていた映画『The Hate U Give』(原作小説邦題:『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ: “あなたがくれた憎しみ”』)を、全米公開日の10月19日にニューヨークの黒人地区ハーレムの映画館で観るつもりだった。ところが午前中に2回あった上映は全席がふさがっていた。映画会社 20th Century Fox と大手シネコン・チェーンAMCが、全米のマイノリティ地区/低所得地区で地元のティーンエイジャーたちを招待していたのだった。

 無料鑑賞の申し込み受付は今も続いており、主宰者はあと50グループを招くと発表している。アメリカの10代、とくに映画代の捻出が困難な低所得層やマイノリティにとって、本作は観賞必須とされているのである。

警官に射殺される黒人少年

 以下は『The Hate U Give』のあらすじ。

 16歳のアフリカン・アメリカンの少女、スター・カーターは2つの世界を生きている。低所得の黒人地区で両親、兄、弟とともに暮らし、少し離れた場所にある豊かな白人ばかりの高校に通っている。地元ではアフリカン・アメリカンとして振る舞い、学校ではそれを抑えて白人の親友やボーイフレンドと過ごしている。なぜなら「白人が黒人みたいに喋ると“クール”と言われ、私がやると“ゲトー”と思われるから」。

 ある週末、スターは黒人の若者ばかりが集まる地元のハウスパーティに出掛け、幼なじみの少年、カリールに出会う。カリールが車でスターを自宅まで送る途中、白人の警官に車を路肩に停めるよう命じられる。カリールが座席にあったヘアブラシを手にした瞬間、銃と見間違えた警官はカリールを射殺する。スターは事件の唯一の目撃者となってしまう。

 警官は起訴を免れ、怒った地域住人たちは抗議運動を始める。アメリカで実際に起こっている「ブラック・ライブス・マター」(黒人の命もまた大切だ)運動だ。

 目の前で友人が殺されたショック、白人の友人やボーイフレンドの存在、なによりある事情から目撃者としての証言ができず、ブラック・ライブス・マターの大きなうねりを遠巻きに眺めるしかないスターは、大きなジレンマに見舞われる。そんな自分をこれ以上受け入れられなくなったスターがついに取った行動と、その結果は……。

黒人の街、白人の学校

 本作はアンジー・トーマス著による同名のベストセラーYA小説(ヤングアダルト小説)の映画化作品だ(『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ: “あなたがくれた憎しみ”』(岩崎書店)として日本語に翻訳されている)。現代の黒人社会が抱えるいくつもの複雑な問題を驚くほど巧みに絡ませ、上映時間132分をあっという間に観せてしまう。「黒人が白人に撃たれた! 人種差別だ! 警察暴力だ!」だけの内容では決してない。

 スターは黒人地区での暮らしに満足している。幼い頃からよく知る人々がいて、馴染みの店がいくつもあって、まさにホームタウンだ。スターの父親はここに小さな食料品店を開き、地元に密着して暮らしている。

 一方、大病院で看護師をしている母親は子供たちの安全のために地元の学校を避け、裕福な白人地区の学校に通わせている。映画では触れられていないが、治安だけでなく学力の向上および大学進学のため、さらに将来は中央社会で白人と関わって生きていくための訓練として同様の選択をする黒人の親が現実に少なからず存在する。

 日本でも職場や公の場で方言を話すと「ふさわしくない」とされ、さらには笑い者になることもある。だが、日本の方言は地方文化として尊重されており、社会的な蔑視の対象にはならない。だが、黒人英語は教養のない黒人が使うブロークン・イングリッシュと捉えられる。言葉だけでなく、黒人特有の物腰や立ち居振る舞いも同様に扱われるため、中央社会で成功するには英語と態度を変える必要がある。これを “code switching” と呼ぶ。

 そもそもアメリカには人種による学校の分断がある。人種によって学校を分けることは1954年に違憲とされたが、これは政府や行政が強制することを禁止しているに過ぎない。黒人、白人、ラティーノ、アジア系がそれぞれコミュニティを形成して暮らす以上、その地区にある学校はおのずと人種・民族が偏り、大きな所得格差と学力格差をも生んでいる。ちなみにニューヨーク市の公立校の現在の人種分断率は、60年以上前の違憲裁定時よりもさらに高くなっている。

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