友だちが白人警官に撃たれて死んだ……黒人少女はその時。映画『The Hate U Give』

文=堂本かおる
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映画が描く”黒人問題”

 奴隷制時代、奴隷制終焉直後、そして現代に至るまで無数の黒人が白人にリンチされ、惨殺され、射殺されている。だが多くの場合、加害者は罪に問われることなく、大手を振って人生を謳歌した。どの時代にも黒人は抗議運動を起こし、そのたびに運動参加者もまたリンチ、殺害、または投獄された歴史がある。それでも決してあきらめない現代の若い黒人たちがSNSを駆使して始めた運動がブラック・ライブス・マターだ。

 そもそも、なぜ警官は黒人の被疑者をいとも簡単に射殺してしまうのだろうか。劇中では白人警官が黒人少年を射殺したが、現実の事件では黒人警官が黒人被疑者を撃つこともある。なぜ? 警官が白人であれ、黒人であれ、被疑者が白人の場合もやはり射殺するのか? 社会派ラッパーのコモンが演じる警官とスターの会話シーンは胸が締め付けられる。

 スターが目撃者としての証言ができないのは、黒人社会が内部に抱える問題が理由だった。アフリカン・アメリカンは白人社会から負わされる問題だけでなく、自身のコミュニティにも解決のメドが立たない根深い問題を持ち、時に絡め取られてしまう。もっとも、そうした問題もそもそもは白人社会から遺棄、放置されたために生じたことなのだが。

 白人社会の目は容赦ない。黒人に犯罪歴があれば、メディアはそこで足をすくってしまう。「黒人=犯罪者」の単純化し過ぎたステレオタイプだ。本作は黒人社会に犯罪が起こる理由も示している。「不可抗力として見逃せ」ではなく、地域社会として、さらには多くの黒人社会、低所得層を含む国として、向上するには根本の理由を知り、理解し、改善策を敷く必要があると示唆している。同時に、その向上がなされるまでは地域社会での犯罪歴のある人々との共生は不可避であり、また、犯罪歴を持つ人物は即、脱落者ではなく、社会に貢献する市民足り得ることも描いている。

 本作の重要なキャラクターであるスターの父親も、真面目に働き、妻を愛し、3人の子供の良き父親だが、全身を覆うタトゥーに過去が潜んでいる。その父親が、スターに黒人であることを教え込む。“ブラックネス”(黒人性)を自覚せずに生きていくことは、この国では不可能だからだ。

 一方、スターの白人の親友やボーイフレンドは “カラーブラインド” だ。「人種を意識せず、皆、同じに扱う」ことをカラーブラインド(本来は色覚異常を意味する)と呼ぶ。生来の気性の良さから誰とでも仲良く付き合うスターだが、内面には常に違和感があった。やがて様々な出来事が起こり、白人はカラーブラインドでいられても黒人には到底無理なのだ、そもそも白人も本当の意味でのカラーブラインドには決してなれないのだと思い知らされる。

主役は社会活動家、アマンドラ・ステンバーグ

 スターを演じるアマンドラ・ステンバーグは現在19歳の俳優/シンガーだ。かつてはノン・バイナリー(女性でもなく、男性でもない。または女性でもあり、男性でもある性自認)を自称し、のちにゲイであると改めている。アマンドラのジェンダー・アイデンティティについては別の機会に譲るが、強い黒人意識を持つ社会活動家としても知られる。

 アマンドラは、まだあどけなさの残る12歳のとき、『ハンガー・ゲーム』(2012)にルー役で出演している。印象に残る演技ではあったが、原作のファンから「白人のルーを、なぜ黒人が演じるのか」と批判された。子供時代の初の大型作品出演で、いきなり人種問題の洗礼を受けたことになる。この件は俳優としてのアマンドラの姿勢に影響を残したものと思われるが、そもそも娘に “Amandla” と名付ける、つまり黒人意識の強い母親に育てられている。Amandlaとはアフリカのングニ語で「パワー」を意味し、アパルトヘイト下の南アフリカ共和国では「人民に力を!」の意味でスローガンとして使われた言葉だ。

 こうした生い立ちもあってか、12歳の時点で非常に早熟だったアマンドラは、3年前にも “文化の盗用問題” で注目を集めている。カイリー・ジェナーがコーンロウと呼ばれる黒人の髪型の自撮り写真をインスタグラムにアップした際、当時16歳だったアマンドラはこう反論したのだ。

「黒人の特徴と文化を盗用するくせに、警察暴力やレイシズムではなくカツラで注目を集め、自分の影響力を使ってアメリカ黒人を支援したりはしない #白人の女の子もっとマシになれ」

 実のところアマンドラは黒人と白人のミックスだ。だが、アメリカではミックスは黒人と認識され、白人と呼ばれることはない。アマンドラ自身も自分を黒人と定義付けた発言を続けている。それでも父親は白人であり、白人社会とのつながりもあるはずだ。だからこそ、黒人でありながら白人社会をも知るスターを、アマンドラは演じ切ることができたのだろう。

 明確な人種/ジェンダー・アイデンティティを持ち、10代にしてその堂々たる表明を一切恐れない “パワー” を持つアマンドラだが、万人の心を溶かす笑顔の持ち主でもある。『The Hate U Give』は、スターの無邪気でスウィートな笑顔を見るためだけに劇場に足を運んでもいいくらいだ。だが、物語が進むにつれ、スターの表情はどんどんと強くなっていく。その演技力も見どころだ。

 アメリカの黒人問題にそれほど明るくない日本人にとって本作は教科書的な役割も果たしてくれる。警察暴力、人種差別、貧困、犯罪、子供への影響、黒人と白人の異なる世界、黒人の白人観、白人の黒人観、黒人社会の自助努力、ブラック・ライブス・マター……黒人社会が抱える問題が多数盛り込まれ、それぞれがどのように絡み合い、現状を成しているかを理解できる。

 原作小説の表紙と映画のポスターにも深い意味が込められている。どちらもタイトルが縦に分かち書きされている。

友だちが白人警官に撃たれて死んだ……黒人少女はその時。映画『The Hate U Give』の画像2

 頭文字をつなぐと “THUG”(サグ。凶悪犯、暴漢、チンピラ)となる。これは1996年に暗殺された伝説のラッパー、2 Pac(トゥパック・シャクール) の『Thug Life』(悪漢人生)に由来する。その『Thug Life』というフレーズの意味を、2 Pac本人が以下のように説明している。

 “The Hate U Give Little Infants Fuck Everybody.”
(お前が小さな赤ん坊に植え付ける憎しみは万人をダメにする)

 黒人の子供たちは生まれた瞬間からヘイトを背負わされる。2Pac と原作者のアンジー・トーマスは、それを是正しなければならないと主張しているのだ。

 『The Hate U Give』は映画批評サイトRotten Tomatoes で98%の高評価を得るなど映画作品としての質も高く、すでにアカデミー賞の呼び声も高い。日本での公開を強く望む。
(堂本かおる)

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