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「1時間あたり100万円の“移送サービス”も」統合失調症患者の巨大な家族負担をどう考えるか

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Thinkstock/Photo by Shidlovski

【前編:「精神疾患と監禁事件」統合失調症の娘を、父はなぜ“座敷牢”に閉じ込め死に至らしめたのか?】

 この9月、ある“犯罪者”に対して不起訴の処分がくだった。2018年5月、千葉県千葉市の居酒屋で家族4人が切りつけられるという事件が起こる。当時6歳の女児が死亡、その父親らが重軽傷を負ったこの事件で、殺人などの容疑で逮捕された元千葉市議の男性に対しての処分である。

 千葉地検は逮捕後に鑑定留置などを行い、「事件当時は心神喪失状態で、刑事責任能力を問えないと判断した」という。この元千葉市議の男性は、犯行当時、突然怒り出して被害者家族に対して切りつけ始めたといい、逮捕後にも意味不明な言動を繰り返していたとされ、「精神疾患があるのでは」との声が上がっていた。

 このケースは不起訴処分となったために真実が法廷で明らかになることはないままとなったが、実際問題、精神疾患を抱えた者が犯罪行為に走り、最悪の結末を迎えることもある。

 一方で、精神障害者の家族会で構成する全国精神保健福祉会連合会が公表した全国調査の結果によると、日中、家にいて何もしない精神障害者は20.2%、日常的にストレスを抱えている家族は73.3%いるという(2017年10~11月、障害者の家族である全国の会員ら7120人を対象に調査)。

 前編でも見た通り、精神障害者を抱えている家族には多大な負担がのしかかるケースも多い。では、そうした家族のストレスを軽減し、結果として精神疾患を抱える当事者たちを適切に医療・行政につないでいく方法はないのだろうか?

 引き続き、精神科専門病院である昭和大学病院附属烏山病院の院長で、精神科医の岩波明氏に話を聞いた。

沖縄では戦後も残った「座敷牢」

ーー大阪府寝屋川市の事件では、逮捕されることとなる家族が十数台の監視カメラを自宅内外に設置し、被害者である実の娘をモニターで常時監視したり膨大な録画記録を残したりしていました。これをもって、ネットの一部には「親にも精神疾患があったのでは?」という声もあります。

岩波明 つまり、子が統合失調症だったのだから、親もそうだったのでは、ということですよね。確かに統合失調症の発症に遺伝的要因が一定程度あることは事実ですが、それがすべてではありません。罹患歴のある親から生まれた子のすべてが統合失調症を発症するわけではありませんし、また逆に罹患歴のない親の子が発症することも普通にあります。多くの要因が絡み合って発症する病気なのです。

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岩波 明(いわなみ・あきら) 1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に『殺人に至る「病」〜精神科医の臨床報告〜』 (ベスト新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。【写真/村田卓(go relax E more)】

 寝屋川市のケースでいえば、この両親はきちんと仕事をして社会生活を送っていたようですし、その可能性は少ないと思います。それに、統合失調症における妄想では、「自分が監視されている」「家に監視カメラや盗聴器が仕掛けられている」と訴える「被害妄想」がほとんどで、自分が監視する側になることはまずありません。この両親がカメラを設置したのは、本当に娘の監視目的だったのでしょう。その是非はおくとしても。

ーーそもそも、精神疾患を持つ患者の自宅での監禁、いわゆる「座敷牢」は、戦前までは認められていたといいますが。

岩波明 そうですね。「私宅監置」といいます。1900(明治33)年に制定された「精神病者監護法」、1919(大正8)年に制定された「精神病院法」によって、法律で公的に認められていました。この当時は精神病院自体が少なかったので、やむを得ないという側面もあったのでしょう。戦後、1950(昭和25)年に「精神衛生法」が制定され、精神障害者の私宅監置は禁止となります。冒頭で述べた通り、当時は国の政策によって急激に精神病院が増え、現在のように入院しづらいような状況ではありませんでしたし、長期入院も可能でした。日本の、特に都市部の家屋は狭いので、精神衛生法施行以降は、あえて自宅での監置を希望した人は少ないと思いますね。

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日本の近代精神医療の開拓者ともいえる呉秀三らは1918(大正7)年、当時の国内の私宅監置の実態を克明に報告した。写真は、その現代語訳である『【現代語訳】呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況』(訳・解説/金川英雄、医学書院)

ーーしかし沖縄では、戦後も長らく敷地内の小屋や自宅の一室に精神疾患を抱えた患者を隔離することが多く、そうした“座敷牢”の一部がいまでも残っていることが先ごろ報じられましたね。

岩波明 ええ。沖縄は戦後も米軍統治下にあったので、先述した1950年制定の精神衛生法から漏れてしまい、1972年の日本復帰まで、法的に私宅監置が認められているという状況に陥ってしまったわけです。

民間の医療搬送サービスは1時間あたり100万円も

ーーでは、そのような私宅監置が認められなくなってから数十年が経過した現在の話に戻りましょう。前編でも言及されていた、興奮している統合失調症の患者などを病院に連れていく際の民間の医療搬送サービス。こうしたサービスを利用すると、いくらくらいかかるのでしょうか?

岩波明 1時間あたりで50万~100万円といったところでしょうか。非常に高額ですよね。搬送車の手配はもちろん、興奮状態の成人男性を搬送するとなれば危険が伴うので、直接現場に来る人員だけでも4~5人は必要となります。精神疾患を持つ患者を強制的に入院させる「措置入院」などには法的な問題もあるので、弁護士が関わる場合もある。本来は公的機関が行うことが望ましいのですが、実際には難しいでしょうね。というのも、統合失調症の罹患率は1パーセント以上。つまり100人に1人はかかる病気なわけですから、こうしたケースは数限りなくあるわけです。そのすべてを公的機関でカバーするとなると、費用面でもかなり厳しいのではないかと思いますね。

ーーしかしそれだけ高額だと、一般家庭が困ったときにすぐ頼めるようなサービスとはとてもいいがたいですね。

岩波明 そうです。ではどうすればよいのか。搬送だけでなくその後の医療ケアも含め、家族の負担が大きすぎるのではないか、すべて親が責任を負うべきなのか、という議論はあります。寝屋川市や三田市の監禁事件の親は、患者である我が子を医療機関につなげることをせず、その“監禁環境”は確かに劣悪だった。とはいえ、広い意味では「面倒を見ている」という見方も出来はするでしょう。

 一方で、精神科病院に入院させたあとは一切の連絡を絶つ親、すなわち文字通り“見捨てる親”というのもいます。そういう場合、仕方がないので病院が福祉事務所に連絡をして生活保護を申請し、そこから入院費を支払う形で面倒を見ていく……ということになります。そうしたケースも、決して珍しくはないのです。

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