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最高裁が「松橋事件」(1985年に熊本県松橋町で発生した殺人事件)の犯人として13年間服役した宮田浩喜さん(85歳)の再審請求を認めた。この事件では直接証拠がなく、宮田さんの取調べ時の自白が有罪の決め手となった。宮田さんは公判で「嘘の自白をさせられた」と無罪を主張したが、裁判所は「供述内容に不自然な点はなく信用できる」と断じた。
取調べで自白したものの、公判では無実を主張、しかし自白が重視され有罪判決が下されるというパターンの冤罪事件は、枚挙にいとまがない。「袴田事件」もそうである。
袴田巖さん(82歳)は、1966年に静岡県清水市で発生した強盗殺人・放火事件の容疑者として逮捕され、取調べで自白。公判で無実を主張したが認められず、半世紀もの間、死刑囚として拘置所で暮らした。2014年に静岡地裁が再審開始を認め、死刑停止と釈放を決定。しかし今年6月に東京高裁が再審開始決定を取り消したため、物議をかもしている。
10月15日のNNNドキュメント『我、生還す――神となった死刑囚・袴田巖の52年――』では、3年前に静岡県警内で見つかったという袴田さんの取調べの録音テープが放送された。自白を強要する様子が実に生々しかった。
取調べ初日。捜査官の「答えははっきりしてるぞ。ええか」という言葉に対し、当時30歳の袴田さんは、「あんた方いくらでっち上げたってね。なぜ俺がやらなきゃなんない。それ言ってごらん、ここで。なぜ殺さなきゃなんないんだよ。本当に俺の一生をむちゃくちゃにしたのは、あんたらだよ。一生、忘れんぞ」と果敢に言い返している。
逮捕された時点ですでに「俺の一生をむちゃくちゃにした」と感じていた袴田さん。まさかこのあと半世紀も投獄されることになるとは、思ってもいなかったに違いない。
取調べ2日目。「潮時だ。話をしなきゃ人間じゃおまえはないちゅうことだね。みんながそう言ってるだからね。死刑の階段をな、16段あるのか13だか知らないけどもな、2~3段上がってから死刑だとか言われて、オメオメオイオイ泣いてね、そんなだらしのないことじゃいかん」とのたまう捜査官。内容はほとんど意味不明。
その後も連日、12時間以上にもわたる取調べが行われ、袴田さんは徐々に気力を失っていく。取調べ官の人数が増え、録音テープではわからないが、屈辱的な拷問も行われたという。
取調べ18日目。捜査官「考えることないじゃないか」。袴田さん「言うことないです」。別の捜査官「なんで言うことないだ。言うことがあるじゃないか。てめえは本当に意気地のねえ野郎だなあ。やったことを認めなさいよ。認めるのか! ん?」。「間違いないな。おまえ、やっただな。言葉で言えんなら首を振ってみなさい」。
19日目。捜査官「おまえは犯人だ。犯人であることは間違いない。おまえは殺人犯だ。お前は4人を殺しただぞ」。もはや催眠術である。
その翌日、取調べ20日目に袴田さんは犯行を自白した。
犯人だと見込まれ、取調べ室へ連れ込まれたら最後、自白せざるをえないということがよくわかる。真実がどうかということよりも、自白させることだけが目的化し、支離滅裂でえげつない。
一層のこと、AIに取調べをさせたらいいのではないかと感じ、AIによる取調べの可能性について書かれた専門書を読んだ。そこにはこうあった。
仮に実現することができれば、AIは理詰めの取調べには威力を発揮するかもしれない。もっとも更正を促すことまではできないだろう。(最近はあまり言われなくなったが、かつては)被疑者取調べの機能として、反省悔悟を促し、更正への第一歩を踏み出させることが挙げられていた(し、今でも多くの捜査官はそう思っていると思われる)。つまり、人としての情に働きかけて供述を引き出すというのである。(※)
「反省悔悟を促し、更正への第一歩を踏み出させる」で思い出すのは、『太陽にほえろ!』で露口茂が演じた「落としの山さん」こと山村刑事である。どんな凶悪犯も彼の取調べにかかれば、その「人情」に触れて「反省悔悟」し、「落ちた」のである。
しかし、冤罪を生んだ取調べの内実を知ると、こんな理不尽なことは人間にしかできない、と思えてくる。AIによる「理詰め」の取調べであれば、袴田さんも自白させられることはなかっただろう。
取調べ時に、担当の男性刑事を好きになり、やってもいない殺人を自白してしまったという女性の話も報じられている。刑事側の思惑があったことは言うまでもない。これも人間ゆえのことである。
AIはさておいても、取調べの可視化(全過程の録画)や弁護人の立会いは、標準化されるべきである。そうしなければ、今後も取調べ中の脅し、強要、泣き落としによる冤罪が後を絶たないだろう。
(※)『ロボット・AIと法』(有斐閣)所収、笹倉宏紀「AIと刑事司法」