犯人はトランプの熱狂的支持者
爆弾送付の犯人は26日(金)に逮捕されている。事件発覚のごく初期には、これだけ広範囲な人物が対象であることから組織だった犯罪か、または米国を撹乱する目的の他国の犯行かと考えられた。さらには共和党を窮地に落とし入れるための民主党側の自作自演ではないかという声もあった。だが、爆弾送付の封筒の写真が公開されるや、「過激だが、知識教養のない一般トランプ支持者」の仕業ではないかと思われた。
ホールダー元司法長官宛の封筒は住所を間違えており、宛先不明で発送者に送り返されている。ただし、発送者の氏名と住所は犯人のものではなく、これも民主党のデビー・ワッサーマン・シュルツ下院議員(フロリダ州)のものが記されていた。ワッサーマン・シュルツは自分の名がテロ犯として使われたことに非常に憤慨し、インタビューでは涙ぐんでいたように見えた。
犯人は狡猾なようだが、住所のFLORIDA(フロリダ州)という、ごく簡単な綴りを誤っていた。犯人がアメリカ人であるなら、これはかなり首をかしげさせられる。さらに、オバマ時代のCIA長官宛の爆弾はCNNに送られているが、元長官が頻繁に出演しているのはCNNではなく、MSNBCという別のリベラルなニュース専門局だ。封筒に使われている透明なガムテープもいかにも指紋が残りそうな素材である。
案の定、犯人はすぐに捕まった。シーザー・セヨック(56)、フロリダ州在住の熱狂的なトランプ支持者だった。複数の犯罪歴があり、封筒にあった指紋から割り出されたとのこと。セヨックの白いバンが押収され、その写真が公開されると人々は息を飲んだ。車の窓という窓にトランプの写真が貼られているだけでなく、トランプの “天敵” であるオバマ、ヒラリー、ドキュメンタリー作家のマイケル・ムーア、トランプ批判者であるCNNコメンテイターのヴァン・ジョーンズに銃の標的を重ね合わせた写真が貼られていたのである。
発見された14個の他にも送付した爆弾があるのか、爆弾がすべて不発なのは目的が単に「脅し」であり、あえてそうしたのか、もしくは爆弾作りのスキルがなかったためなのかなど、事件の全容はまだ不明だ。だが、セヨック自身は母親が白人、父親はフィリピンからの移民でありながら「白人至上主義」を名乗り、トランプの “MAGA ハット” (MAGA = トランプのキャッチフレーズ「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」)をかぶってトランプ集会に参加していた写真などが報道されている。
黒人を無差別に射殺
全米が爆弾騒ぎで右往左往していた24日(水)の午後3時頃、ケンタッキー州では白人男性が黒人を無差別に射殺する事件が起きていた。
犯人のグレゴリー・ブッシュ(51)はスーパーマーケット店内で黒人男性モーリス・ステラード(69)を複数回撃って殺害したのち、駐車場に出て黒人女性ヴィッキー・リー・ジョーンズ(67)も数回撃ち、殺している。犯人は駆け付けた警官によって逮捕されている。
駐車場で犯人と鉢合わせた白人男性が自衛のために自身の銃を取り出したところ、犯人は「白人は白人を殺さない」と言い、撃たなかったと伝えられている。
犯人はスーパーマーケットに向かう前、地域にある黒人教会に出向いている。当時、教会内に10人程度の黒人信者がいたが、入り口には鍵がかけられていた。目撃者によると、犯人はドアを開けようと激しく押すなどしたが、やがて諦めて立ち去っている。その直後にスーパーマーケットに行き、犯行に及んでいる。
犯人にはDV(家庭内暴力)の前科があった。元妻は黒人だったが、黒人への侮蔑語を使われ、顔を殴られたこともあり、2000年に離婚申請をおこなっている。犯人の父親は「2009年に息子が妻の首を締め、妻を助けようとした自分も殴られた」「息子はどこへ行くにも銃を携行し、私たちの頭を撃ち抜くと脅迫した」と語っている。
犯人の父親は暴力を振るわれた当時、78歳だった。今回、犯人が射殺した犠牲者も共に60代だ。犯人は人種差別主義者であるだけでなく、高齢者へのシンパシーも持たないのだと思われる。
前科のために犯人は一時、銃の所持を禁じられたと伝えられている。どの時点で所持を再許可されたかは不明だ。
米国史上最悪のユダヤ系大量殺害事件
金曜に爆弾犯が逮捕され、全米が安堵した翌日の27日(土)、ペンシルヴァニア州ピッツバーグのシナゴーグ(ユダヤ教寺院)で乱射事件が起き、11人が殺害され、6人が負傷する大惨事となった。アメリカ史上における最悪のユダヤ系殺害事件だ。
当日の朝、犯人のロバート・ボワーズ(46)はAR-15タイプのアサルト・ライフル(大型銃)と3丁の拳銃を携え、シナゴーグに向かった。土曜日はユダヤ教徒にとって重要な安息日であり、多くの信徒が祈りのためにシナゴーグに集う。
犯人はシナゴーグで乱射を開始し、10時頃に警官が到着するも手に負えず、10:55am にSWATが到着。撃たれて負傷した犯人は11:08am に降伏。逮捕の際、犯人は隊員に「すべてのユダヤ人は死なねばならない」と語ったと報じられている。
犯人は前科を持たないが、極右のサイトに「ユダヤ人は悪魔の子だ」など激しいアンチ・ユダヤ・メッセージを頻繁に投稿していた。アンチ移民のメッセージも投稿していたと報じられている(サイトは現在、閉鎖)。さらに、トランプの政策がイスラエル寄りであることへの怒りも投稿していた。
「トランプはグローバリストであり、国粋主義者ではない。ユダヤ人(犯人は蔑称を使用)がいる限り、#MAGA(アメリカを再び偉大に)などありえない」
以下は11人の犠牲者の名前である。
ジョイス・フィーンバーグ(75)
リチャード・ゴットフリード(65)
ローズ・マリンジャー(97)
ジェリー・ラビノウィッツ(66)
セシル・ローゼンタール(59)
デヴィッド・ローゼンタール(54)
バーニース・サイモン(84)
シルヴァン・サイモン(86)
ダニエル・ステイン(71)
メルヴィン・ワックス(88)
アーヴィン・ヨンガー(69)
1組の夫婦と、1組のきょうだいが含まれている以外、個々人の経歴や人となりは知る由もないが、年齢をみると過去の激しいユダヤ差別を生き抜いてきたと思われる人々だ。70代、80代、さらには97歳まで生き、余生を楽しんでいた人々が、まったく意味をなさない差別によって命を奪われてしまった。この犯人もまた、高齢者へのいたわりなど微塵も持ち合わせていないのである。強い差別心は、人間としてのごく当たり前の感情をも抹殺してしまうのだろうか。
11人殺害の夜に野球観戦
オバマ夫妻、クリントン夫妻への爆弾送付が発覚したのち、トランプは両夫妻への連絡も、前大統領2人が殺害テロの対象となったことについて国民に公式に告げることもしていない。歴代大統領の殺害行動は、不成功に終わったとしても国家的な事件だ。その日の夜、トランプはウィスコンシン州で中間選挙向けの政治集会をおこなったが、トランプの登場前に観衆はヒラリー・クリントンを「Lock her up!」(刑務所に入れろ!)と繰り返した。
トランプはCNNへの連絡もおこなっていない。それどころか爆弾発見以後、「メディア、フェイクニュースの責任」を口にし続けている。メディアへの恫喝は言論または出版の自由を保証する合衆国憲法修正第1条に反するにもかかわらず、爆弾犯ではなく、自分を批判するCNNを非難しているのである。
オバマ、クリントン、CNNと反目関係にあろうとも、大統領として死守すべき義務がある。それをトランプは放棄しているのである。
シナゴーグでのテロ事件で11人もの犠牲者が出た日も、トランプは予定されていたイリノリ州での政治集会を中止することはしなかった。それを批判されると、「9.11同時多発テロの翌日、ニューヨーク証券取引所は開いた」と事実誤認の言い訳をし(証券取引所は閉鎖された)、「シナゴーグの人々が武装していれば防げた」「犯人には死刑を」と語った。
集会を終えたトランプは野球のワールドシリーズをテレビ観戦し、23:46pm に「ドジャースとレッドソックスの最終イニングを観ている(後略)」とツイートしたのである。
(堂本かおる)
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