Kōki, が“宇多田ヒカルのように”歌手デビュー? 忘れてはならない、北野武のこと

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 対する同日発売の「週刊文春」(文藝春秋)にもKōki,の記事が掲載されているが、それは工藤の“ヤンキー臭”が、Kōki,のファッション分野での活動の邪魔となるのではないかという内容だった。工藤がヤンキー臭をいまも漂わせているかと言われれば謎だが、インスタからも匂い立つ独特のセンスのことを指しているのだろう。自宅トイレの写真や手作りスイーツなどはしばしば話題になる。

 それよりも気になるのは、この記事によれば工藤はKōki,の仕事場にも付き添い“プロデューサー然”として振る舞っているとあることだ。「新潮」にあるように工藤がKōki,を歌手として売り出したいという意向を持っており「文春」にあるように仕事場でもプロデューサー感を醸し出しているとなれば、いくらKōki,がモデル一本で活動したいと考えていても、歌手デビューは避けられない道となるのかもしれない。

北野井子「薔薇と緑」(エイベックス・トラックス)

北野井子「薔薇と緑」(エイベックス・トラックス)

 だが二世タレントの華々しい歌手デビューと聞いて思い出さずにいられないのは、北野武(71)の娘・北野井子(36)だ。彼女は1998年、X-JAPAN・YOSHIKIのプロデュース、楽曲提供を受け『Begin』で歌手デビューした。

 そのプロモーションビデオはすでに映画監督としても活躍していた北野武による制作。七光りを存分に浴びてのデビューは功を奏し、13万枚を売り上げたのだが、2枚目シングル『薔薇と緑』(同じくYOSHIKIプロデュース)はオリコン29位止まり。翌年、井子は芸能活動を休止し留学した。

 歌の世界は売れ行きが如実に分かり、いくら七光りがあろうと二世が単体で活躍するのは厳しい。いくら周りがお膳立てしても、世の中に受け入れられるとは限らないのは北野井子の例が示すとおりだ。

 タレントとして人気を作ることも容易くはないが、まだテレビなどの宣伝パワーがある。また俳優であれば外見的な個性や演技力を磨くことによりある程度の活躍が見込める可能性はあるが、歌に二世の虚飾は通用しない。

 芸能界における様々な選択肢があるなか、モデルを選び、キャリアをスタートさせたKōki,。そのデビューもいきなり表紙を飾るなど大いに七光り感があった。モデルとしての今後の活躍は彼女次第であり、むしろこれからが勝負どころなのだから、あれもこれもと言うことなく、家族も暖かく見守っていってほしい。

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