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『バイキング』坂上忍ワンマンショーの人気が怖い 異なる意見を排除する硬直化した番組姿勢に疑問

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坂上忍の怒りは“演出”に過ぎないのか

 今月9日放送の『バイキング』では、「週刊文春」(文藝春秋)がスクープした『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)でのラオス祭り捏造問題を取り扱ったが、坂上は「広い意味では『バイキング』もヤラセだと僕は思っていますよ」と発言した。番組の意向や面白さを加えるために“演出”している部分もあるということだろう。また、以前出演した番組のなかで彼は、「あえて怒っている演出をしている」ことも明かしている。

 冒頭で記したように『バイキング』の視聴率が好調だということは、坂上の“怒り”から生まれる討論を面白いと感じる視聴者が多いことも事実なのだろう。しかし、センセーショナルなだけでなくデリケートな時事問題を扱う情報番組において、坂上の“怒る演出”は本当に必要なのだろうか。八王子事件でいえば、「いじめた生徒や学校側の対応を責める」ことに終始するのが、『バイキング』の望む姿勢なのかということだ。

 坂上の“怒る”パフォーマンスが演出なのだとすれば、そのパフォーマンスが受け入れられて視聴者が溜飲を下げるという社会の構図自体がただただ虚しい。

(栞こ)

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