<特別編・難波里奈さん>平成の終わりに、昭和の文化を思う。純喫茶と古着のワンピースへの扉を開いてくれた「ゆめこちゃん」 

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百女百様/はらだ有彩

 つるつると使い込まれたドアノブを回すと、昭和の時代から蓄えられてきた空気が流れだす。酸素に染み込んだコーヒーの香りを吸い込み、ベルベットが張られたソファをワンピースの裾で撫でながら座席へと向かう。

 難波里奈さんは純喫茶を愛している。愛の赴くままに全国各地の純喫茶を訪ねること1700軒以上、今年の夏には5冊目となる著書『クリームソーダ 純喫茶めぐり』(グラフィック社)を刊行した。4冊目は『純喫茶とあまいもの:一度は訪れたい30の名店』(誠文堂新光社)、3冊目は『純喫茶、あの味』(イースト・プレス)、2冊目は『純喫茶へ、1000軒』(アスペクト)、そして記念すべき1冊目は『純喫茶コレクション』(PARCO出版)。同名のブログ「純喫茶コレクション」に書き綴られたレポートには微かに難波さんの生活が滲んでいる。日常と非日常がコーヒーとミルクのように、ソーダ水とクリームのように混ざり合う。

 純喫茶へ向かうとき、難波さんはいつも古着を着る。

 一番良いのはワンピースだ。ぴしっと特別な気分になるし、その気分を壊さないように振舞うことができる。

 安息と狂乱、化学繊維のもたらす静かな高揚、凝ることに感じる無類の喜び――昭和という時代の人々が物づくりに託していたハレっぽさは、不思議にざらついたプリントと、ゴムベルトで締めたウエスト、宇宙的意匠のボタンから溢れ出る。

 平日に勤めている会社のドレスコードはオフィスカジュアルなので、古着のワンピースは週末のみのお楽しみである。しかし、通勤用のカーディガンの下にも、難波さんはやはり古着の白いブラウスを忍ばせる。襟には刺繍の花がひそやかに咲いている。

 こんなにも古着のワンピースに惹かれるようになったきっかけはロックバンド・ゆらゆら帝国。正確にはゆらゆら帝国のライブでよく見かけていた女の子、「ゆめこちゃん」だった。

 「ゆめこちゃん」は、本名ではない。彼女のことはほとんど知らない。直接話したこともない。心の中で勝手にそう呼んでいた。

 ゆめこちゃんはどのライブでも、いつもとびきりイケていた。つやつやの黒く長い髪。美しく激しい柄のワンピース。宝石のような小さな鞄に、ハイヒール。いつも恋人と思しき、サイケデリックな細身のシャツにベルボトムで決めた男の子と一緒だった。

(古着ってこんなにかわいいんだ。)

 もともと昭和のパンタロンやブラウスに好意を寄せていた難波さんだったが、ゆめこちゃんの装いは特別だった。彼女によって点けられた情熱の炎を燃え上がらせ、難波さんは自分の日常と哲学に寄り添ってくれるワンピースを探してまわった。

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