<特別編・難波里奈さん>平成の終わりに、昭和の文化を思う。純喫茶と古着のワンピースへの扉を開いてくれた「ゆめこちゃん」 

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 世の中には「好きな格好をすると無敵になれる!」という人もいるが、そう簡単にいかないことだってたくさんある。

 昔から、人にちらりと見られるときの感覚が苦手だったと難波さんは言う。特に同年代の女の子たちが集まる派手な場所で交わされる視線。カフェの入り口で座席を探しているほんの数秒の間に、なんとなく品定めされているような、あの感じ。「気のせい」「考えすぎ」と思おうとしても、どうにも落ち着かない気分になってしまう。好きな洋服に身を包んだからといって、問答無用で最強になれる人ばかりではない。苦手なものは苦手なのだ。

 難波さんにはもう一つ悩みがあった。古着とともに趣味で集めていた昭和のインテリア雑貨が、無限に増え続けていた。愛すべき小物たち、レトロフューチャーな家電、ぺたっとした絵柄の食器類。雑貨は物理的に場所を取る。一度手に取ってうっとり眺めて、それきりしまい込んだままのものも多かった。全てを活用するためには、毎日模様替えしなくてはならない。物が多すぎる! しかし、古いものを採集することは時間とのシビアな勝負でもある。今買わないと、もう二度と巡り逢えないかもしれないのだ。そうしてコレクションは膨れ上がり、当時は実家住まいだった難波さんの自室から溢れ出して、ついには納戸を占領し、家族からお小言までもらう始末。

 そんなとき、いつものように立ち寄った純喫茶でコーヒーを飲み、一息つき、周りを見渡してふと気づいた。

――ここは、理想の部屋ではないか?

 純喫茶とは、戦後、営業形態が多様化し、酒や特別な接客を伴うようになった「カフェ」と差別化するために生まれた言葉だ。ほとんどが個人経営であり、佇まいも千差万別。それぞれの空間にそれぞれの経年が刻まれている。純喫茶へ行けば、毎日模様替えしなくても、素晴らしい部屋で安らぐことができる。

 さらに嬉しいおまけがあった。長い歴史の中でお客さんを受け止めてきたお店も、受け止められてきたお客さんも懐が深い。どんな人間がどんな格好で入っていっても、常連客でなくても、そっとしておいてくれる。視線で全身スキャンされているのではないか……と気にする必要がここにはない。難波さんにとって純喫茶は家の外の「もう一つの部屋」のように、駆け込める場所になった。

 素敵な空間には素敵な装いが似合う。昭和の宝箱を開けるときには、昭和のおめかしをしなくては。この色のワンピースなら、あのお店の壁紙に合うだろう。このデザインは、あのお店のマスターの雰囲気に合うだろう。

 たった今この世界に一つしかない拵え、一つしかないメニュー、一つしかない味と、たった今この世界に一つしかない古着の邂逅を思うと、なんとも浮き立つ気分になるのだった。

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 鏡の前で、紺地に白いドットが散らされたワンピースを胸に当てながら考える。大人になり、最近ではシックな色と模様に惹かれることが増えた。

 あれから何年経っただろう。あのライブハウスでゆめこちゃんに会わなかったら、私はどうなっていただろう。このワンピースを着ることもなく、もしかしたら今のように純喫茶に夢中ではなかったかもしれない。

 実家の自室(兼、衣裳部屋)にはワンピースが100着はかけてある。今暮らしている部屋にも、同じく100着はくだらないほど並んでいる。目下の悩みはハンガーをかけているポールが時々重さに耐えかねて落下することだ。

 ワードローブが破裂しそうになっても、経年とともに好むデザインが変わっても、やはりかつての相棒たちを処分することはできない。もう着ることはないかもしれない、自分の代わりに袖を通してくれる誰かのもとで大事にしてもらった方がいいのかもしれないと思いつつ、万が一次の持ち主が捨ててしまったら……と想像すると手放せない。古い時代のものは、少しのきっかけで簡単に無になってしまう。着てあげられなくても、箪笥の亡霊としてでも、手元で生き続けてほしいというのはわがままだろうか。

 ゆらゆら帝国は解散してしまった。平成もまもなく終わりを告げ、昭和は二時代も前になってしまう。

 元号が変わってまた何十年かが経った頃、今はまだ生まれていない誰かが、平成の空間を求めて老舗の喫茶店へ駆け込んだりするのだろうか。懐かしい未来の喫茶店で、その人はどんな服を着ているだろう。架空の名前をつけて憧れる女の子が、心の中にいるのだろうか。

【難波里奈さん】
東京喫茶店研究所二代目所長。日中は会社員、仕事帰りや休日にひたすら純喫茶を訪ねる日々。「昭和」の影響を色濃く残すものたちに夢中になり、当時の文化遺産でもある純喫茶の空間を、日替わりの自分の部屋として楽しむようになる。ブログ「純喫茶コレクション」、著書『純喫茶コレクション』、『純喫茶へ、1000軒』、『純喫茶、あの味』『純喫茶とあまいもの』『クリームソーダ 純喫茶めぐり』、2018年12月には『純喫茶の空間』を発売予定。純喫茶の魅力を広めるためマイペースに活動中。

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『純喫茶とあまいもの』

この世に存在するホットケーキはほぼ全て丸い。しかしその丸は純喫茶の数だけ存在する。お店の数だけ唯一無二の「あまいもの」が存在する。丸・三角・四角・その他あらゆる形のあまいもの。その向こう側に見える、パンを切り、砂糖を溶かし、バターを塗って、生クリームを絞ってくれるお店の方々の横顔。「あまい」メニューにフォーカスした難波さんの純喫茶紀行、4冊目の作品。

・2018年12月19日、最新刊『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ)刊行予定。

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