日本経済の足をひっぱるレガシーシステム、そして経済復興のカギを握る「DX」と「2025年の崖」とは?

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Thinkstock/Photo by HAKINMHAN

 「経団連会館の23階にある会長執務室に初めてパソコンが設置された」。

 これまでパソコンを操る財界総理はいなかった。中西宏明会長からメールを受け取った職員も驚いたという。

 20世紀の話ではない。

 2018年10月24日付の読売新聞朝刊が報じた記事である。この記事を読んでいる方々と、経済界に君臨している方々とは、ITに関してこれだけの温度差があるのだ。

DXとは何か?

 「DX」や「2025年の崖」という言葉をご存じだろうか?

 経済産業省が日本の産業について強い危機感を持って発表したレポート『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』で使用された用語だ。

 このレポートは、2025年までに日本の企業がシステムの刷新を図らなければ、世界のデジタル化の波に乗り遅れ、大きな経済的損失が発生してしまうと指摘している。

 レポートのタイトルにある「DX」とは、デジタルトランスフォーメーション(Digital transformation)の略。「X」は、英語では「Trans」を「X」で表す習慣があることから来ている。

 同省の別のレポート『デジタルトランスフォーメーションに向けた課題の検討~ITシステムに関する課題を中心に~』では、DXの提唱者と言われるウメオ大学(スウェーデン)のエリック・ストルターマン教授の言葉を引用している。意訳すると、「デジタルトランスフォーメーションとは、デジタル技術が人々の生活のあらゆる面に影響を与える変化」ということだ。

 要は「業務のIT化で、環境の変化に強い企業になろうね!」という意味だ。

 日常的にスマートフォンをはじめとするIoTを使いこなしている私たちにはピンとこない。時代はとっくにIT化しているじゃん、という感覚があるからだ。

 ところが、経産省は企業におけるIT化が遅れているとの危機感を持っている。既存の古いシステム(レガシーシステムと呼ぶ)を、さっさとリニューアルしなければ取り残されてしまう、という危機感だ。2018年に「経団連の会長執務室に初めてパソコンが設置された」現実を笑っている場合ではないのだ。

「2025年の崖」で年間12兆円の経済損失

 では「2025年の崖」とは何か。

 2025年は、社会的にも微妙な時期といえる。たとえば、団塊の世代が後期高齢者になり、社会保障費の急増が見込まれているし、アナログ固定電話回線網(PSTN)が廃止される。

 また、この年までにWindows7やWindows Server2008などのサポートが終了することなどにも関連して、さまざまな問題が起こりそうだ。

 経産省の『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』では、次のことを予測している。

 それは、企業ごとに構築された既存システムが、過剰なカスタマイズなどで複雑化&ブラックボックス化していることにより、DXが実現できず、2025年以降は年間最大12兆円の経済損失が発生するというのだ。これは、2025年の時点でもブラックボックス化した基幹システムを使っている企業が全体の6割を占めているため、IT予算の9割が保守に費やされてしまうことを意味している。

 これでは、新しい技術を活用するための費用が捻出できない。このようにDXの足を引っ張ってしまう老朽化したシステムをレガシーシステムと呼ぶ。

 しかも、同レポートでは2015年時点ですでに17万人も不足していたIT人材のほとんどが、今後はレガシーシステムの保守に引きずられてしまい、新しい技術を担う人材がまったく足りなくなってしまうという。2025年には必要とされるIT人材が約43万人にまで拡大するにもかかわらず、だ。

 その結果、日本は完全に国際競争力を失うだろうという悲観的な予測がなされている。これが「2025年の崖」であり、経産省の焦りだ。

日本のDXを阻害するSler業界

 欧米ではDXが進んでいるとみられているが、それはERP(Enterprise Resources Planning)など、クラウド上で運営されているパッケージシステムが普及していることにが理由だ。すなわち、欧米では「システムに人が合わせる」ことで合理化を進めているのだ。

 クラウド上のパッケージシステムを利用していれば、各企業がシステムを保守運営する必要がない。また、テクノロジーの進歩もクラウド上で対応しているため、個々の企業が個別に対応する必要もない。その結果、特定の社員でなければ対応できないトラブルやアップデートが生じることもなくなる。

 一方、日本の場合は、SIerと呼ばれるシステム構築をする会社が基幹システムを支えている。

 しかもこのSIer業界は多重下請け構造(5次下請けのさらに下まであるという!)により中間マージンで稼いでおり、末端のエンジニアたちは搾取される構造になっているという。

 つまり、SIerにとってDXの推進は商売の種を失うことになりかねないのだ。実際、現在進められているみずほ銀行の勘定系システムの開発が2019年に終わると、開発費用4000億円台とも言われる大型プロジェクトが終了する。

 これまで、銀行の再編や証券業界、保険業界でのシステムの入れ替えで、SIerは大儲けした。住基ネットや特許庁システム、年金システム、マイナンバーなどの公的事業でも儲けてきた。いずれも数十億から兆円単位のお金が動いてきたのだ。

 こうして中間マージン商売を維持するためには、企業や人がクラウド化したシステムに合わせるよりも、個別システムを複雑怪奇にカスタマイズするほうが儲かるわけだ。

 しかし、現在のみずほ銀行のシステムが入れ替わり、銀行もオープン系システムやクラウドに移行すれば、SIerの出番は激減する。

 そこで、SIer業界はますますレガシーシステムの保守メンテにしがみつこうとするかもしれない。クラウド化する際には新興のITクラウドベンダーに仕事を奪われてしまうのだから、なおさらしがみつきたいことだろう。

DXを推し進めれば年収は2倍に?

 しかし、経産省はそれを問題視している。同省のレポートでは、「2025年の崖」を乗り越えてDXを推し進めることができれば、2030年には実質GDPを130兆円押し上げることができると試算しているのだ。

 しかも、これまでレガシーシステムの保守メンテで搾取され続けてきたIT人材を新たなデジタル技術の活用にシフトすることで、その年収も欧米並みに到達し、なんと2017年時点の2倍ほどになるとしている。

 今回経済産業省が示した危機感は、実は日本の企業全般に当てはまる体質の問題のような気がしてならない。この20年の経済成長率は、わずか1%。労働生産性も先進国の中で、最下位だ。

 ただでさえ少子化が進む時代、スキルがある若い人達には、どんどん新しい潮流に飛び込めるチャンスがあるべきだし、スキルに見合った報酬を得られる社会であるべきだ。

 一方、それを疎外する既得権益にしがみついている世代は、自己中心的な狭い考えを捨てられないのであれば、退場すべきだろう。官主導の経済政策はうまくいった試しがないとか、何事も民間の自由意志に任せるべきだ(レッセフェール)と唱える人は多い。しかし筆者は今回、珍しく官主導のDXに期待している。

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