連載

赤西仁もほとほと困り果てていたKAT-TUNヤラカシ軍団、執念のテクニック

【この記事のキーワード】

赤西仁、怒りの直談判も逆効果「逆に喜んじゃって…」

 メンバーによると、元々KAT-TUNには「ちょっと過激な追っかけ」がいてね。結成からデビューまでの間は、一応マネージャーはついているんだけど移動車の用意はなく、基本、移動は各自が電車やタクシーでしていたため、どこにでも過激な人がついてきていたの。

 「仕事と仕事の合間に後ろから着いてくる事には慣れてたし、つかず離れずの距離を保ってくれるファンの人たちのことは俺たちも認めてた。事務所からも言われてたし、暗黙の了解というかそんな感じで。でも仕事終わりに自宅まで追ってくる人には本当に困った」と、言っていたことがあるわ。

 まだ実家に住んでいた当時の彼ら、特に仁くんと亀梨和也くんはお家が近かったこともあって、同じタクシーで帰る時もあったのよね。そんな時、ふと気づくと後ろからピッタリとマークされていたらしいの。「車で追って来るんだけど、とにかくしつこくて。振り切っても振り切っても着いてくる」追っかけの人がいたそうで、タクシーの運転手さんにお願いして「何とか踏切でまいてもらった」なんて言っていて。急発進して踏切で事故でも起こしたらと気が気じゃなかったんだけど、「危険だから躊躇したけど、もうお手上げ状態だったから」と仁くん。「それでまいたと安心していたら翌日も追ってきて。また振り切って遠回りして疲れきって家にたどり着いたら、実家に先回りされていることもあってげんなりした」事も度々あったとか。

 まだKAT-TUNとしてのCDデビュー前に出演していたドラマ『ごくせん』(日本テレビ系)の収録が深夜に終わって、川崎・生田スタジオを出た亀ちゃんと仁くん。局が用意してくれたタクシーで帰ろうとした時、「どこからかいきなりヒュッと車が飛び出してきて、何だと思ったらいつもの“ヤラカシ”たちで。ここまで来たのかよと驚いた。深夜までじっと潜んでいたらしくてほとほと参った」そう。

 生田スタジオの周りってひっそりした住宅街で、お店があるわけでもないし、待ちぶせしようにもそんなスペースはないんだけど「そんな悪条件には負けないのがヤラカシ」さんらしくて。あまりの執拗さに切れてしまった仁くんは、亀ちゃんが止めるのを振り切って、ある時、直談判したのよ。

 「さすがに限界で頭に来ちゃってさ。車を止めて対峙したんだ。『もう辞めてくれ』って訴えたんだけど、あっちはニヤニヤ笑って喜んでて。ついに亀梨も心配して車を降りて出て来ちゃってさ、2人でお願いしたんだけど、対峙して話すのは逆効果だったんだよ。相手は『顔を覚えてもらえた、直に話せた!』って大喜びしてたもん」と反省しながら言っていて、可哀想で何も言えなかったわ。

1 2 3 4

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。