大阪・富田林署“逃走事件”容疑者の「能力の高さ」の秘密

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“外部からの来訪者”を拒絶するのが不得手な日本人

 そういう意味では、警察にとってあまり手ごわそうな相手とは思えない樋田容疑者ですが、その一方で、いくつかの点では目を見張らざるを得ない、悪い意味での能力の高さを示しています。

 ひとつは計画性。報道によると樋田容疑者は、富田林署の留置担当者の勤務シフトを入念に調べ、逃走できる可能性の高そうな日を狙って犯行に及んでいます。また、面会室のアクリル板を破ったあと、どこをどう通れば外へ出られるかというイメージをしっかりと頭に描いていたようです。そういう周到さを持ち合わせていたからこそ、警察署からの遁走に成功した面は確かにある。もちろん、本当に計画性のある人間なら、もう少し長期的な視野で人生を設計し、そもそも犯罪などというまったく割に合わない行為に走ったりしないわけですが……。

 それはおくとして、樋田容疑者にはもうひとつ、“創意工夫の能力”があったことも認めなければならないでしょう。自転車で日本一周する旅行者を装うなどというのは、誰にでもできる発想ではない。警察に追われている者は、なるべく人目につかないよう行動し、どこかに身を隠そうとするのが普通です。

 例えば2018年4月、愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場、いわゆる“塀のない刑務所”から脱走した受刑者もそうでした。息を殺して無人の別荘の屋根裏に潜み、広島県尾道市の向島から本州まで海を泳いで渡る際にも、死を賭してまで目撃されにくい夜の時間帯を選んでいます。樋田容疑者の行動はそれと正反対ですが、結果的に警察の捜査の裏をかくことができた。面目をつぶされた警察としては悔しい限りでしょうが、非常にうまいやり方だったといわざるを得ません。

 さらに樋田容疑者は、日本一周中を装って逃げ続けるうち、次第にある種の自己同一化というか、当初は“演じていた”はずの旅行者に半ば本気でなりきってしまい、いわば「旅を楽しんでいた」ような節がある。そしてそのことが結果として、周囲からいっそう怪しまれにくくする効果を生んでいたようです。もし、通常の逃走犯と同様のビクビクした気持ちであれば、いくら隠そうとしてもどこか態度に現れたはず。職務質問した警察官や自転車旅行の同行者、道の駅で応対したスタッフらのうち、誰か1人ぐらいには気づかれたでしょう。完全に旅行者になりきり、心から自転車日本一周を“エンジョイ”していたからこそ、周囲にも本当にそう見えてしまったのだと考えられます。

 つけ加えると、皆さんも感覚的におわかりかと思いますが、日本は文化的に、共同体の外部からやって来た者を“排除”することを不得手とし、むしろ逆に“おもてなし”することで無用のトラブルを避け、共同体の治安を保とうとするといった傾向があります。日本人のこうした“伝統”にご興味のある読者は、折口信夫の「マレビト論」などをひもといてみるのもよいでしょう。

 とにかく、そこが日本のよさでもあり、そこだけをとやかく批判しても的外れです。樋田容疑者の依頼で「日本一周中」のプレートを作製した愛媛県庁の職員や、食事や宿泊場所を快く提供した道の駅のスタッフの対応こそ、まさにそうしたわが国の“特徴”、伝統的なやり方を象徴するものだったと思います。そして、そこを樋田容疑者にうまく利用されてしまったことが、逃走の長期化に拍車をかけたのではないでしょうか。

(構成/松島 拡)

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