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パワハラが労災認定されれば「労働者の勝利」と言えるのか? パワハラから逃げるしかない現状、法制化はどう変える

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生き延びるためのマネー/川部紀子

 ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子です。2018年11月はパワハラが立て続けにニュースになりました。まず日立製作所、東京ディズニーリゾートの運営会社オリエンタルランドという有名企業のパワハラ労災認定とパワハラ訴訟。そして厚生労働省がパワハラ法制化に向けて動き出したとのニュースです。

 働き方改革が進められる中、減らないパワハラに対し、いよいよ国も動き出すようです。今後パワハラは減るのでしょうか。ニュースとなったパワハラについての説明と、法制化ニュースについて解説していきます。

長時間労働・パワハラによる労災認定

 日立製作所の20代の社員が子会社に出向中に精神疾患にかかった原因は、長時間労働とパワハラによるものだとして労災認定されました。

 子会社では一番年下ということもあって業務量が非常に多く、1日に14時間以上も会社にいることがよくあり、土曜日も出勤していたようです。

 実態通りに残業時間を記録すると、上司から「人事部に怒られる」「上の人が残業を記録していないので、新人に仕事を押し付けているみたいだ」などという理由で残業の記録を少なく付けることを指示されていたようです。ときには「過労死」の基準とされる残業100時間を軽く超える161時間20分という月もあったそう。

 その上、同じ上司からの「辞めちまえ」「ばか」などという言葉を浴びせられ、椅子を蹴られるなどの行動も繰り返されます。体調に支障をきたし社内の医師(産業医)に相談するも改善せず、医療機関へ行き精神疾患と診断されて休職に至っています。休職したものの自殺未遂も起こしたこともあり、現在も休職が続いています。

 この方が失ったものと引き換えに得たものは、「労災認定」だけです。

過重労働とパワハラで体調を崩したと損害賠償請求

 次は、東京ディズニーランドで着ぐるみを着てパレードなどに出演してきた契約社員の女性2人のニュースについてです。2人の女性が体調を崩したのは、運営会社のオリエンタルランドが安全配慮義務を違反していたためとして、計約755万円の損害賠償を求めた訴訟を起こしています。第1回口頭弁論が行われ、オリエンタルランドは棄却を求め、争う姿勢を示したというニュースが11月にありました。

 この件は既に過重労働とパワハラによる業務災害として労災認定されています。しかし、その後に損害賠償請求の訴訟に至っているのが日立のニュースとの違いです。「争う姿勢を示した」というのは、会社側が「労災に認定されたからといって、安全配慮義務違反があったわけではない」と主張しているということです。

 「安全配慮義務」は平成20年労働契約法で次のように明文化されています。

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

 昨今、労災認定の次に安全配慮義務違反で労働者が訴えを起こすケースが増えているのです。

現状のパワハラの末路と今後への期待

 さて、「パワハラ」などが認められたあとにどのような展開があるのか、2つの例で分かっていただけたと思います。

 1段階目は、労災認定です。ニュースでは労災認定を「勝ち取った」という雰囲気で報道されますが、冷静に考えるとそんなにすごいものは勝ち取っていません。

 病気やケガの原因が個人的なものであれば、病院で「健康保険」を使い3割を自分で払いますが、業務が原因となったため健康保険ではなく「労災保険」を使うことになります。

 労災保険を使えば、自分の負担はなくなります。これが健康保険と労災保険の違いであり大原則ですが、言ってみれば、使う保険が変わっただけです。労災によって失ったものは返ってきません。障害や死亡の場合は、労災保険の方が手厚い給付がありますが、ことが障害や死亡ですから給付の手厚さなど吹き飛ぶほどの最悪の事態です。

 2段階目として、安全配慮義務違反としての損害賠償請求があります。実際、過去には何千万円という訴訟も起きています。でも、勝訴したとしても弁護士費用を差し引いくと、年収の数カ月から数年分にしかなりません。

 その後、実体験をもとにパワハラなどの労働問題の社会活動家などになって、各種メディアなどで啓蒙し、さらにそこから収入を得られるようになる……なんてことはなかなかできません。失うものがあまりに多過ぎるのです。

 職業柄「これってパワハラですよね!?」と度々聞かれますが、パワハラなんぞ誰かに認められても何も良いことはありません。パワハラと感じたら、体調に支障をきたす前に逃げ出さなくてはならないのです。極端に言うと「逃げるか病気になるかの2択」。これが、これまでのパワハラを取り巻く残念な現状でした。

 そんな現状を改善すべく、厚生労働省が、企業に対し、パワハラ防止策に取り組むことを法律で義務づける方針を固め、来年には関連法案の提出を目指すことを発表しました。

 既にセクハラや、マタハラの防止措置は企業に義務づけられていました。しかしパワハラについては法律上の義務付けは特に定まっていないのです。国はパワハラの定義や基準、注意喚起のようなものを発表するに留まっていました。

 しかしここにきてようやく、まずは法律でパワハラを「優越的な関係に基づき、業務の適正な範囲を越えて、身体・精神的苦痛を与えること」などと定義付けし、防止策をつくって運用する義務が企業にあると明記するとのことです。さらに、この対策に取り組まない場合、是正指導や是正勧告などの行政指導をして改善を求め、従わなければ、企業名を公表というところまで法制化が進みそうです。

 パワハラ法制化のニュースを受けて大手企業から少しずつナーバスになってくるとは考えられますが、全ての企業がパワハラ問題に真剣に向き合い、改善されるまではまだまだ時間がかかるでしょう。早い法制化と法の定着を願います。

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