LGBTはカミングアウトすべき? すべきでない?

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共有するものとしてのカミングアウト

 カミングアウトは人と人がどういう風に関係を築いているか、ということを考えさせるきっかけにもなる。それは人間観、コミュニケーション観そのものとつながっている。

 『カミングアウト・レターズ』の冒頭に収められているのは、ゲイである正志さんとお母さんの往復書簡の中で、正志さんはこう書き記している。

 それまでの二十年みたいに、俺がゲイやってことを知られたくないって理由だけで、俺なりに幸せなこと/悲しいこと/嬉しいことも分けあえず生きる人生を続けるのは嫌やったから。
 俺が、母さんと父さんに完璧に嘘をついて生きていけるほど、器用やない限り。
 俺は男が好きになるように生まれた。でも、それは小さな違いなだけで、俺が幸せになれへんこととは違う。俺はそれなりに幸せやったりもする……他の人と同じように。時々は俺もつらいかも知れへん。他のみんながそうであるように。
 そういう話も家族としたいと思う自分がおった。親子でも分けあえなくてもええことも、きっとあるんやろうけど、俺は、俺が幸せやということを、分からせてやりたかった。

 ゲイであることを知られたくないことが、なぜ、「幸せなこと/悲しいこと/嬉しいことも分けあえず生きる」ことになるのか。

 まず、大切な恋人やパートナーとの関係とともに日々のことを話す、話さない、ということを思い浮かべる人が多いだろう。私もそうだ。しかし、私がイメージするのはそれだけではない。お互いがゲイであることがきっかけとして知り合った大切な友人たちのこともある。そして、その人たちと一緒に楽しく過ごした時間についての話、厳しい状況で助けてもらったことへの深い感謝の思い、その友人が病気をしているときの不安、また、時に辛く悲しい永別のこと。それらは、実際に私自身が経験してきたことだ。

 もちろん、こうしたことを話すか話さないかが大きな意味を持つのは、家族との関係だけではない(家族に対してそういう親密な思いを抱かないという人もいるだろう)。友人との関係でも言えることだ。

 私たちは、様々な人との間にさまざまな物や事を共有して、関係性をつくり、親密なネットワークをつくり、コミュニティ、社会をつくっている。個人と個人の関係では、お互いのことに関する情報、感情などの共有が関係性をつくっていく。

 それが人と人との間の、とても一般的な関係性の築かれ方だ。その中で、異性を好きなことは共有することが当たり前なのに、同性を好きなことは共有するのが難しいという社会状況はいびつであることは確かだ(しかし、それと個々人が最終的にどう判断するのがいいかは別の問題である)。

変化する/させるものとしてのカミングアウト

 カミングアウトは、ひとりひとり異なる背景と関係性の中で生じ、共有される。しかし共有されたことも、関係も固定的なものではない。伝えられた相手が、最初はつらく感じたり、怒りをもって受け止めたりしたが、時間をかける中で変わっていくことも多い。

 『カミングアウト』に収めた8つのカミングアウトストーリーの中にも、そうした変化が記されているものがいくつもある。

 ゲイのかつきさんは、カミングアウトをめぐって激怒した彼氏のお母さんの話を何時間にもわたって聞かされる場面に直面することになる。しかし、誠実で真摯な言葉かけをすることでお母さんからの理解を得た。秀夫さんは、ゲイであることをカミングアウトした後、お母さんと衝突したものの、時間を経てお互い歩み寄ることができた。裕子さんは、娘のえまさんからレズビアンであるということを聞き、悲しみにくれる時間を過ごすが、その後、そのことをしっかり受け止め、家族に伝える役割を果たしていった。

 そうした体験談が教えてくれるのは、カミングアウトをどう受け止めるか、ということに関する変化だけでなく、人と人との関係中での衝突や摩擦、共感、共苦などを経て人はお互いに変化していくということだ。

 もちろん、カミングアウトをきっかけに関係が悪化してしまい、そのままということもありえる。それは否定しない。ただ、強調しておきたいのは、カミングアウトをしたことがどういう意味を持つかは、それまでに長いプロセスがあるのと同じく、その後も長い時間が経ってみないとわからないことが多い。そして、その意味を変えるための働きかけもできる。

 人と人は何かを共有すること、その中でともに変化していくことによって、自他の間に明確な線引きができない存在になっていく。そうして、個=孤に閉ざされずに生きる。誰ともつながっていく必要があるわけではないけれど、そうしたつながりが広がることが、個人も社会も豊かにする。

 カミングアウトは、そうした、人がどうやってつながっているのかということを改めて気付かせてくる行為でもある。

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砂川秀樹
文化人類学者・博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科満期退学。1990年よりHIV/AIDSの民間活動に参加。東京レズビアン&ゲイパレード実行委員長、TOKYO Pride代表、ピンクドット沖縄共同代表などを務めてきた。研究では、新宿二丁目などのゲイコミュニティを主なテーマとしている。著書『新宿二丁目の文化人類学』(太郎次郎社エディタス)など。

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