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“逃走犯”を生んだ大阪・富田林署、1989年建造の老朽化とお粗末なルール運用

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法社会学者・河合幹雄の「法“痴”国家ニッポン」

 

第4回 1989年、大阪・富田林署が建造され30年後に“逃走犯”を生んだ、施設の老朽化とお粗末なルール運用

 2018年8月に大阪府警富田林署から勾留中の樋田淳也容疑者(30)が逃走した事件。前回は樋田容疑者の人物像や逃走方法について考察し、逃走劇の長期化を招いた要因を探りました。警察が延べ14万4000人にも上る捜査員を投入しながら、1カ月半以上も樋田容疑者を捕まえられなかったのは、ある意味必然の成り行きだったということをご理解いただけたと思います。

 ただ、この事件で検証すべきことはそれだけではない。考えようによってはさらに重要な問題があります。それは、そもそもなぜ警察は、署内の留置場という、本来なら厳重な監視下にあって逃げ出すなど不可能と思われる場所から、容疑者の逃走を許してしまったのか、ということ。国民にはむしろこちらのほうが、生活の安全を脅かしかねないという意味で、より深刻な問題として受け止められているかもしれません。

 容疑者の逃走につながった要因のいくつかは、すでに警察の調査や報道によって明らかになっています。面会室のドアを開くと鳴るブザーが1年以上前から電池を抜かれていたため作動しなかったこと。樋田容疑者によって押し破られた面会室のアクリル板の点検は目視のみで、30年近く補修・交換されていなかったこと。さらに、樋田容疑者から弁護士に対して「接見が終わったら自分で当直の署員に伝える」との申し出があったため、本来実施されるはずの弁護士から署員への声かけが行われず、逃走発覚が遅れたこと。今回の事件はそうしたずさんな管理の結果であり、留置管理など署の業務指導が不十分だったとして、大阪府警は2018年10月26日、富田林署の署長らを懲戒処分としています。

大阪・富田林署“逃走事件”容疑者の「能力の高さ」の秘密

第3回 2018年9月、大阪・富田林署“逃走事件”容疑者の「能力の高さ」の秘密  大阪府警富田林署の面会室から勾留中の樋田淳也(ひだ・じゅんや…

ウェジー 2018.11.19

 確かに、富田林署の留置場の管理体制には多くの問題がありました。ただ、国民の多くが憂慮しているのはおそらくそこではない。今回のような逃走事件が、果たして同署固有の問題に起因する特異な例なのか? それとも、全国に1163カ所ある警察署のどこでも起こり得ること、すなわち自分たちの安全を直接脅かす可能性を示唆する事例なのか? 留置場の実態についてほとんどなんの情報も与えられていない国民が、そうした不安を覚えるのは当然だと思います。

未決者を収容する留置場、確定者を収容する刑務所

 ではそもそも、各都道府県警察内に設置されている留置場とはどんな施設なのでしょうか。刑務所と混同している人も少なくないと思いますが、実際には法的にも機能的にも、両者はまったく別の施設です。留置場(留置施設)は、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」第3章第14条において、警察法および刑事訴訟法の規定によって逮捕・勾留される者を留置し、必要な処遇を行う施設と規定されています。ただし、第15条において、受刑者や死刑確定者などは、留置場の収容対象から除かれている。要は、被疑者や被告人など、刑事裁判の判決がまだ確定していない者の身柄を、刑務所などの刑事施設に収容する代わりに拘束するための施設なのです。その点が、裁判で確定した刑罰を受けさせるための場である刑務所との決定的な違いです。

 にもかかわらず、一般に留置場と刑務所を区別できていない人が多いのは、わが国において留置場という施設が、旧監獄法(2007年廃止)の下、いわゆる「代用監獄」という呼称で長く利用されてきたことと無関係ではないでしょう。実は留置場は、2006年に「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」が施行されるまで、法的な設置根拠が存在せず、処遇についても明確な規定がありませんでした。そのため、あたかも刑務所のごとく、24時間体制で被疑者を監視下に置ける“牢屋”として警察に利用され、自白の強要や冤罪、人権侵害の温床となってきた歴史があるのです。

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Thinkstock/Photo by Tinatin1(画像はイメージです)

 留置場のそのような位置づけは、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」の施行によって一応改善されたかに見えます。しかし、それはあくまで法律上の話。留置場の設備や処遇といった現場の実態については、まだまだ旧態依然とした部分が多く残されているのが実情なのです。

留置場の“質”は警察署によって“ピンキリ”

 各都道府県警には、留置場の運営に関して外部の意見を聞くための第三者機関である留置施設視察委員会が設置されています。その委員経験者から詳しく話を聞いて驚いたのが、留置場の設備には警察署によってピンキリといっていいほどの差があるということ。新築で最新設備の整った留置場がある一方、築40年以上のボロボロの留置場もあるのです。これは考えてみれば当然のことでしょう。都道府県の警察施設整備費には限りがありますから、いかに国民の安心・安全のためであっても、古くなったからといって複数の警察署を一斉に建て直すわけにはいかない。老朽化の進んだものから順繰りに整備するしかないのです。とはいえ現実に、基本構造からして留置施設としての体をなしていないものすら少なからず存在するというのはやはり問題です。

 多くの場合、4~6階建ての警察署において、留置場は3階部分に設置されています。窓から飛び降りたり屋上へ逃げたりしにくくするための配慮です。では、そのフロアまでの階段や通路はどうなっているかというと、これは基本的に、一般市民の利用するものとは完全に分けられています。一般用とは別の、護送車を横づけあるいは格納できる玄関から、3階の収容区画のみに通じている専用の階段と通路が伸びている。また面会室は、出入りするとブザーの鳴る仕組みになっていて、アクリルの仕切り板は蹴ったぐらいではびくともしない。比較的新しい留置場では、そのようにあらゆる設備が、建物の設計段階からよく考えられた堅牢な構造になっています。

 ところが、数十年前に建てられた警察署だとそうはいきません。収容区画に至る通路の途中に、なぜか一般市民の出入りする場所へ通じている扉がついていたり、普通の部屋をパーティションで仕切ってあるだけの名ばかりの面会室では、隣から別の事件の捜査に関する刑事の話し声が聞こえたりする。そのように、設備の一部または全部が後づけでしつらえられた、いい加減な造りの留置場が意外に多いのです。

 富田林署はまさしくその典型といえるでしょう。先に述べたように、アクリル板というものは耐衝撃性に優れ、非常に頑丈です。しかし、面会室の背面の壁とアクリル板の距離が近すぎると、その間に体をつっぱらせることによって、アクリル板の接合部の耐圧強度を上回る圧力をかけて押し破ることができてしまう。1989年に建てられた富田林署の場合、設計時にそこまで想定できなかったのか、壁とアクリル板の位置関係がまさにそうなってしまっていた。築30年未満の同署でさえこのありさまですから、同様に全国には、堅牢性を十分に考慮されていない留置場が多数存在するものと推察されます。

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