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外国人労働者との「ご近所付き合い」をイタリアに学ぶ

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やさしいインクルーシブ講座/宮崎隆司

 世界はいま、移民問題で大きく揺れています。アメリカのトランプ大統領はメキシコ国境に壁を作って「移民キャラバン」と対峙し、中東やアフリカからの移民が押し寄せるヨーロッパでも、「反移民」を掲げる勢力が台頭しています。

 私が暮らすフィレンツェは世界的な観光都市であり、多くの外国人旅行客でにぎわっています。しかし、この街も移民問題とは無縁ではありません。裕福な観光客のかたわらで、貧しい移民たちがひっそりと暮らしています。

邪魔者どころかスーパーに欠かせない存在に

 私の家から目と鼻の先に個人経営の小さなスーパーがあり、店の入り口付近で5年前からアフリカ系移民が物売りを始めました。その名はサリューさん。30代半ばの、優しい目をした中肉中背の男性です。

 サリューさんの朝は早く、朝9時には商売を始めます。どこからかバスに乗って、運んできた大きな風呂敷を広げ、その中に詰めてきたティッシュや百円ライター、キャンディや折り畳み傘などを道行く人々に売っています。仕事が終わるのは夜9時。売れ残った品々をまた大きな風呂敷に包んで、バスで帰っていきます。

 サリューさんの売りもののいくつかは、スーパーでも売られています。つまりスーパーにとって、サリューさんは商売敵。

 しかしスーパーの店主が、サリューさんを追い払うことはありません。所場代を要求するようなこともない。そしていま、彼は邪魔者扱いされるどころか、スーパーに欠かせない存在になっています。

 サリューさんは自分の商売に精を出しながらも、仕事場を与えてくれたスーパーの業務をせっせと手伝っています。いらなくなった段ボールの片付けをしたり、ゴミを出したり、空きビンのケースを運んだりと、いつも忙しく働いています。

 お客さんのお手伝いもします。

 通りで車を停めようとするお客さんがいれば、縦列駐車を手伝い、ペットを連れたお客さんがいれば、買い物が終わるまでペットの面倒を見てあげる。多くの荷物を抱えたお年寄りがいれば、家まで運んであげています。

 にわか雨が降り始めたときには、売りものの傘を「お金はいらないから、これさして帰ってよ」とみんなに貸しています。

「仕事さえ見つかれば、すぐにでも祖国に帰りたい」

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 気がつけば、サリューさんは近所の人気者になっていました。

 近所の人々は不法移民だと知りながらも、彼のことを温かく見守り、家族の一員かのように接しています。

 とくにひとり暮らしの老人たちは、「サリュー、サリュー」と彼のことを息子のようにかわいがっています。優しく愛嬌のあるサリューさんは、身寄りのないお年寄りにとってかけがえのない話し相手。彼がいなくなったら、困ってしまうお年寄りはたくさんいるでしょう。

 近所の人々は、さりげなくサリューさんの暮らしを支えています。

 サリューさんになにか手伝ってもらうたびにチップを渡し、必要がないのにライターやキャンディを買ってあげる人もいます。ライターの値段は1ユーロ(約128円)。しかし小銭があると、ちょっと高く買ってあげるのです。近所のバルでカプチーノを買って、おごってあげる人もいます。

 スーパーの主人もお昼どきになると、余ったパンやハムでパニーニを作って振る舞っているようです。大きな風呂敷を担いで行き来するのが大変だということで、売りものをスーパーに保管してあげるようにもなりました。

 近隣住民のひとりとしてサリューさんと仲良くしている私は、この記事を書くにあたり、知っているようで知らなかった彼の人生についてたずねてみました。

 ちょっとした立ち話からわかったのは、サリューさんの厳しい生い立ちでした。西アフリカはセネガルの貧しい家庭に生まれ、幼いころは農作業の手伝いに忙しく、学校にも満足に通えなかったそうです。祖国には妻とふたりのこどもがいて、仕事さえ見つかれば、すぐにでも帰りたいと話していました。

 サリューさんは仕事で忙しく、ほんの数分しか話を聞くことができませんでした。不法移民なので、多くを語ることもできません。

イタリア人はなぜ移民にやさしいのか。

 実はイタリアには、「たくさんのサリューさん」が暮らしています。

 多くの小売店には、サリューさんのように店を手伝いながら、路上で物売りをしている移民たちの姿があります。私の息子がいつも遊んでいる近所の公園では、地元のイタリア人に加えて、南米やアフリカ、東欧の移民たちがサッカーに興じています。

 たくさんのサリューさんがいるということは、それとなく彼らの暮らしを支えている近隣住民がたくさんいることを意味します。

 不法移民の増加によって治安が悪化し、ただでさえ多い失業者が増えているため、移民を敵視するイタリア人も決して少なくありません。しかし働き者の移民と地元住民は、概して持ちつ持たれつの良好な関係を築いています。

 それはイタリアという国が昔から貧しく、多くの人が安価な労働力として近隣諸国に移民せざるを得なかった過去があるからかもしれません。世の中には国を捨てざるを得ない人がいる、そのことをイタリア人は知っています。

 そしてまた、イタリア人が移民に優しいのは前回紹介した「インクルーシブ教育」と無縁ではないと思います。

 健常者と障碍者、イタリア人と移民が机を並べるイタリアの学校では、いじめや差別がほとんどありません。金持ちだから、年上だから、イタリア人だからといって弱者をいじめるようなこどもは、まずいません。

 さまざまな事情を抱えたこどもが共存する中で、イタリア人は自然と世の中の多様性を受け入れていく。こういう社会だからこそ、サリューさんのような人々が生きていけるのだと思います。

 世界には、たくさんの移民たちが暮らしています。

 私の祖国、日本では外国人労働者の受け入れが拡大されることになりました。私たち日本人の寛容さが問われているのかもしれません。

宮崎隆司

イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア代表、セリエAから育成年代まで現地で取材を続ける記者兼スカウト。元イタリア代表のロベルト・バッジョに惚れ込み、1998年単身イタリアに移住。圧倒的な人脈を駆使し、現地の最新情報を日本に発信。主な著書に『カルチョの休日 イタリアのサッカー少年は蹴球3日でグングン伸びる』(内外出版社、2018)ほか。サッカー少年を息子に持つ父親でもある。

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