
女子教育が世界を救う/畠山勝太
読者のみなさんは、通勤・通学にどれぐらい時間をかけていますか? そして、結婚されている方々や同棲されている方々は、どのようにして住む場所を選ばれましたか? ご自身の通勤時間は、パートナーの通勤時間と比べて長いですか、それとも短いですか?
教育とジェンダーの話をメインにしている私が通勤時間の話をするのを奇妙に感じる方もいるかもしれません。しかし、通勤時間が社会生活に与える影響は小さくありません。例えば、平成28年度の「社会生活基本調査」によると、首都圏の平均的な通勤時間は1時間半を超えてきます。1年間の平均的な労働日数は260日程度なので、1年間で通勤のために約400時間も通勤のために使っていることになります。これだけの時間を純粋な労働に回せていたら稼ぎも大きく変わってきますし、自己研鑽のために回せていたら、将来の賃金も大きく変わってくる可能性があります。もちろん余暇や趣味に費やせたら、私生活もかなり充実したものになるはずです。
社会生活の在り方が通勤という現象に反映されている場合もあります。例えば、パートナーが家事・育児などを行うことで長時間通勤が可能になり、より待遇の良い仕事や、よりやりがいのある仕事を見つけることができるかもしれません。一方で、何らかの理由で通勤時間を短く抑える必要があり、自分にとってベストではなくても、近場に存在するものの中から職を選ばざるを得ないということもあるでしょう。
これらの事から分かるように、通勤時間にジェンダー格差があるのであれば、それがジェンダー問題に与える影響も無視できるほど軽微なものではないでしょう。ないしは、それは社会に存在するジェンダー問題が顕現したものである可能性もあります。そこで今回は、通勤時間の男女間格差と、それが示唆するものについて話をしていこうと思います。
通勤時間の社会経済的な話
まず通勤時間と賃金の関係はどのようになっているのかを見ていきます。この関係は国や都市によってもバラつきがあると考えられますが、会社との給与額の交渉力(長時間通勤を厭わないということは、それだけ他の職の選択肢もあるわけで、選択肢がない人に比べれば交渉力が高い、ということになります)、という側面に限ってみると通勤時間が長い方が、賃金が高くなる傾向が見られるようです(研究①)。
前述の研究で興味深いのは、通勤時間と給与の多寡の関係に男女差が見られることです。男性の間では通勤時間の伸びが給与の上昇に与える影響が強いのですが、女性の間にはそれほど強い関係が見られません。そして、3歳以下の子供を持つ女性に限定すると、両者の関係性が消滅してしまいます。これは一体どういうことでしょうか?
この問いを解き明かす上で参考になるのが研究②です。この研究は、オランダのデータを使って、通勤時間・家事・育児の間の関係を男女別に探っています。研究①で扱われたフランスのデータでも女性の方が通勤時間が短かったのですが、やはりオランダでも女性の方が通勤時間が短くなっていました。さらに、家事・育児に使う時間も女性の方が長くなっています。これは一見すると、女性は男性と異なり、賃金ではなく家事・育児の時間のために通勤時間を決めているので、賃金と通勤時間の関係が男性ほどには強くならないのかなと思うかもしれません。しかし、統計的な操作をしないと、女性が家事・育児の時間のために通勤時間が短い職場を選んでいるのか、それとも、女性の方が元々通勤時間が短いために、家事・育児を多く担っているのか分かりません。
これを解決するためにある程度の統計的処理を施した結果を見ると(強い統計的処理ではないので、追試によっては結果がひっくり返る可能性がありますが)、やはり家事の時間が長くなるほど通勤時間が短くなる関係が存在していました。そして、男性の家事の時間が1時間増えた時に減る通勤時間の長さは、女性のそれの半分以下しかないという大きな男女間格差も存在していました。つまり、家事による通勤を通じた労働への制約は男性よりも女性の方が大きくできるということです。
さらに興味深いのは、子供がいる家庭のケースです。男性の間では、家事や育児の時間の長さと通勤時間の間には何も関係が存在していないのに対し、女性の間でだけ、家事や育児の時間の長さが伸びることによって通勤時間が短くなるという関係が確認されました。つまり、男性は家事や育児によって通勤を通じた労働に制約が出ないのに対し、女性にだけ家事や育児による通勤を通じた労働の制約が見られた、ということになります。オランダというと、だいぶ前の上司がオランダ人だったことぐらいしか接点が無いのでよく分かりませんが、漠然とアメリカよりは男女間の平等が進んでいる国だと思っていたので、この結果は少し驚きでした。
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