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母から虐待されてなお、自分の息子にもビンタが止まらなかった元・保育士が語る“虐待根絶のカギ”

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帆南ふうこ『声を殺して泣く理由』

――虐待を受けた「わたしたち」に残ったものとは? よじれてしまった家族への想いを胸に、果たして、そこに再生の道はあるのだろうか。元・被虐待児=サバイバーである筆者が、自身の体験やサバイバーたちへの取材を元に「児童虐待のリアル」を内側からレポートする。

第8回「虐待の連鎖を断ち切りたいメンタルトレーナー」編

「実はね、わたしも長男に手を上げてしまっていた時期があるんですよ」

なんとなくそれは、長く付き合っている持病について語り出すような口ぶりだった。あえてそれまでの気さくで明るい口調を崩さないリカコさんは、まるで深刻さに引きずり込まれないよう、踏ん張っているかのようにも見える。

 お会いした当時48歳だったリカコさん自身も、幼い頃に母親から暴力を受けてきた虐待サバイバーだ。なのに、どうして同じことを――? 当時、虐待をしているという自覚はあったかと尋ねてみると、

「ありましたよ。『ああ、親が自分にしていたことと同じことをしている』って思いました」

 虐待の“負の遺産”としてよく語られることとして、「虐待の世代間連鎖」がある。子どもの頃に親から暴力を受けたり、適切な養育をされなかった被虐待児が、自らが親になったとき、子に対して同じ行為を繰り返してしまうことを指す。2010年に総務省が行った「児童虐待の防止等に関する意識等調査」によると、児童福祉司の35.5%が、「虐待の大きな発生要因として、世代間連鎖も含まれる」と答えているという。

 もちろん、連鎖を断ち切ったサバイバーも数多くいる。親を反面教師とする彼らには、「わが子には、自分が持てなかった“安心できる家庭”を与えたい」という固い意志があったからだ。

 ただその一方で、理想を持ちながらも、リカコさんのような道をたどってしまうケースも後を絶たない。筆者の母親も同じく、自身が受けた暴力を、娘である筆者に繰り返してしまったサバイバーのひとりだが、当時を振り返って彼女は、「あのときは、自分の頭がおかしくなったみたいで怖かった」と語る。無意識にスイッチが入ってしまうのだそうだ。苦しみの渦中にあってそれに翻弄されているとき、「どうして虐待してしまうのか」なんて、本当の理由はわからないものかもしれない。

 原因がわからないものに対処するのは、見えない敵に立ち向かうようなものだ。だから、世間では単なる説明的用語に過ぎないかもしれない「虐待の世代間連鎖」という言葉は、せっかく生き抜いてきた虐待サバイバーを、新たな恐怖に陥れる。「もしかしたら自分も虐待をしてしまうのではないか」「血は争えないのか」「子どもを持つのが怖い」。“親になる未来”を思い浮かべるたびに、得体のしれない不安がのしかかってくるのだ。

 どうして虐待の連鎖が起きてしまうのか? それはどうすれば防げるのか? マニュアルのような答えはない。ただ、答えに近づくことはできるはずだ。

 保育士として20年のキャリアを持ち、今ではクライアントの悩みやストレスのケア、目標達成などを精神面からサポートする「メンタルトレーナー」として著書も出しているリカコさんを通じて、そのヒントを探っていこう。

のろのろしていると親にゴルフクラブで殴られる

 リカコさんとわたしとは、東日本大震災の翌年にTwitter上で知り合った。わたしが自分の虐待経験を受け止めきれずに「経験者の方の話が聞きたい」と連日ツイートを続けていたところ、どこからともなく、「お話しましょうか?」とダイレクトメッセージで声をかけてくれたのだ。

 住んでいる場所が近かったこともあり、わたしたちは池袋のジュンク堂書店にあった喫茶室で会うことにした。店内はガラス張りで冬でもたっぷり光が入り、広いオープンテラスからは、周囲のビルに縁取られた青空も見える。悲しい話をするには、このぐらい明るい場所がちょうどいい。

 事前にやりとりしていたメールの文面が丁寧かつ簡潔だったので、お堅めなキャラクターを想像していたのだが、実際のリカコさんは、予想を裏切る「美魔女」だった。背筋はスラッと伸び、エレガントなシルエットの服がよく似合って10歳は若く見える。窓際のテーブル席に腰を下ろすと、メニューをすっと取り、わたしに読める向きで差し出してくれた。

 ニカーッと笑い、ちょっと低めの舌ったらずな口調で勧める。

「わたしは夜用事があるんで飲めないんですけど、お酒とかも全然どうぞ~」

 人に気をつかわせないように気をつかうことが上手な人だ。もし彼女が飲み屋のママだったら、常連客を虜にしているに違いない。

 そんなリカコさんの幼少期は、今の暮らしからは想像もつかないぐらい息苦しいものだった。

「会社員の両親のもと、長女として育ったんです。父は中卒で自動車部品工場に勤務。学歴にコンプレックスがあったように思います。一方、母は教育熱心。わたしはなんでもテキパキこなすようにしつけられ、行動が遅いとよく殴られました。親に『待ってもらった』という記憶がないんですよね。最初は素手で殴っていたのが、モノサシとかゴルフクラブになって、どんどん凶器のようになっていったことをよく覚えています」

 いつかは殺されてしまうのではないか。「できる子ども」でないと、命さえ保障されない。長年刷り込まれてきたある種の強迫観念は、リカコさんが結婚して授かった息子にも向けられてしまった。

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イラスト/帆南ふうこ

「長男には、『さっさとしないから』みたいな理由で、よく手を上げてしまっていたんです。彼はもともと発達がゆっくりで、おっとりした性格の子だったのですが、小学校に入ってからは算数が全然できなくて……。学童保育で宿題をやってこないので帰宅後の時間的余裕がなくなったり、友だちともうまくやれていないように見えました。それでわたしもイライラしてしまい、家で算数の宿題を何度説明しても理解できなかったときは、頬にアザができるまでビンタをしていたんです……」

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