三井生命は大樹生命、新日鐵住金は日本製鉄へ……三井・住友が“看板を下ろす時”

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新日鐵住金は日本製鉄へ

 来年4月をメドに、「住友」由来の看板もひとつ消える。新日鐵住金(しんにってつすみきん)が、日本製鉄(にっぽんせいてつ)に“商号変更”するというのだ。

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2018年12月現在の、新日鐵住金の公式サイトトップページ。日本製鉄への商号変更までのカウントダウンカレンダーが設置されている。

 新日鐵住金は、2012年に新日本製鐵と住友金属工業が合併してできた企業である。ちなみに前者の新日本製鐵は、戦前の日本製鉄が、過度経済力集中排除法で1950年に八幡製鐵と富士製鐵に分割され、1970年に再統合して新日本製鐵となったものだ。

 1990年代以降、製鉄メーカーの再編・統合が世界的に相次いだ。企業買収を防ぐために国内の5大高炉メーカーは、経営統合による規模の拡大や、資本提携にも踏み込んだ業務提携を急いだ。かくして、川崎製鉄とNKKが経営統合してJFEホールディングスとなり、新日本製鐵と住友金属工業、神戸製鋼所がそれぞれ提携して、5大高炉メーカーが二極化した。その第2段階として、2012年に新日本製鐵と住友金属工業が合併し、新日鐵住金となったわけである。

住友グループには「住友の論理」がある

 住友金属工業は「住友御三家」のひとつと呼ばれ、住友グループでも超有力企業であった。ゆえに住友金属工業首脳は、合併後の社名に「住友」を残すことを希望していた。

 外野からすれば「新日鐵住金」でも「新日鐵住友」でもたいして変わらないように感じるが、当事者にとっては大きな違いであろう。「新日鐵住友」となると、明らかに住友グループの企業と認知されてしまう。新日本製鐵は財閥色がないことで、三菱グループや三井グループなどからも幅広く鉄鋼・鉄板の受注を受けている。なのに「新日鐵住友」となると、住友グループ色が強まることを嫌って、それら財閥系の企業が取引を控えてしまうかも知れない。

 一方、住友グループには「住友の論理」がある。

「『血判状』――。白水会(はくすいかい)に出席するグループ企業の社長が、そう例える書類がある。住友精神の順守などが定められるこの書類に押印しなければ、白水会への出席は認められない」「住金は結局、血判状に押印することができず、白水会を去った」(ダイヤモンド社刊「週刊ダイヤモンド」2016年4月2日号)

 白水会というのは、住友グループの主要企業の社長が集まる会合である。ゆえに白水会から退会するということは、住友グループから脱退することを意味する。

 無論、住友という看板を守って、合併を拒否する選択肢もあっただろう。実際20世紀には、合併後の社名が問題となって、合併を断念した事例が三菱グループで何件かあった。

 しかし、業界再編のうねりの前には、自らのアイデンティティとなっていた、長い歴史を持つ看板を下ろさざるを得ない段階まで来ているのだろう。実に世知辛い世の中になったものである。

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