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児童虐待加害者の6割超は実母、では「虐待の連鎖」は本当なのか? その医学的根拠に迫る

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岩波明「精神“異”学~忘れられた治療法~」

――現在の精神医療は、どのような変遷を経て今に至っているのか? 今では否定されている治療法が、当時行われていたのはなぜなのか? 現役の精神科医が解説する、精神医学の“歴史考証”!

第2回 児童虐待加害者の6割超は実母、では「虐待の連鎖」は本当なのか? その医学的根拠に迫る

 子どもに対する虐待は、有史以前から存在しています。かつては、虐待が社会的に一定程度容認されていた面もありますから。太古からの嬰児殺や遺棄、強制労働などは、現代の感覚でいえば、すべて虐待に含められるでしょう。

 歴史的に子どもに対する虐待が社会的に注目される問題となったのは、1874年にニューヨークで起きた「メアリ・エレン・ウィルソン事件」がきっかけです。この事件の主人公である8歳の女児は、約6年にわたり養父母から虐待を受けていましたが、当時は児童に対する虐待を取り扱う制度や団体がありませんでした。このため支援者となる女性が相談したのは、ニューヨーク動物虐待防止協会でした。この事件をきっかけとして、ニューヨークにおいて子どもの虐待防止協会が設立されます。しかし、虐待に対する本格的な社会的取り組みが行われたのは、それからかなり後になってからのことだといえるでしょう。

 日本においては、1933年に児童虐待防止法が、1947年に児童福祉法が制定されていますが、社会的に虐待が注目されるようになったのは、1990年代以降のことでしょう。1990年に全国の児童相談所に相談のあった虐待の事例は合計1101例でした。しかしその後この数は急増し、1999年には1万件を超え、2011年には5万6384件となっています。ここで重要な点は、虐待の加害者の60%以上が被害者の実母であるということです。子どもに対する虐待行為の内容については、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクトの4つの形態に分類されることが多い。この中でもっとも頻度の高いものが身体的虐待で、次いでネグレクトが多いという結果となっています。

 医療現場からの報告では、1946年に小児放射線科医であるカッフェイが、不自然な慢性硬膜下血腫と多発骨折を伴う6症例について報告を行っています。その後、アメリカの小児科医のヘンリー・ケンプらは「被虐待児症候群」という概念を提唱し、大きな注目を集めます。この概念は、虐待の被害者となった子どもに見られるさまざまな身体的、精神的後遺症をまとめたものですが、特に重要なのは、精神的な影響でしょう。一般に子ども時代に虐待を受けた被害者は、後に不安定な対人関係を示す「愛着障害」という症状を引き起こしやすいことが報告されています。

 また虐待の頻度についての最近の報告は、米国における調査において、監督義務を怠るネグレクト(子どもを一人で放置すること)が41.5%、身体的虐待が28.4%、身体的ネグレクト(食事や衣類の世話をしないこと)が11.8%、性的虐待が4.5%見られるとされ、虐待が決してまれなものではないことを示しています。

メディアも前提とする「虐待の連鎖」

 虐待を受けた経験を持つ人は、自分が親となったとき子どもに虐待を行いやすいとしばしば指摘されています。これを、「虐待の連鎖」あるいは「虐待の世代間連鎖」と呼ぶことが多い。次の1999年9月の四国新聞の記事は、この「虐待の連鎖」を前提とした内容です。

・・・都市化、核家族化、経済的困窮、夫婦仲・・・背景は多様で、事情はケースによって異なる。
ただ、多様なケースの共通項からおぼろに浮かんでくる一つの加害者像がある。「愛されたことがなく愛し方がわからない」親たちの群れだ。
 「調書から」でも触れたが、藤村課長も「加害者の成育歴を見ると、子供のころ虐待やそれに近い経験をしたケースが多い」と証言する。いわゆる虐待の連鎖だ。「育ち方は育て方のひな型。マイナスのモデルしか持っていないんです。否定されて育つと自分も好きになれないですから」

 この「虐待の連鎖」という考え方は、確かに一般に受け入れやすいでしょう。「自分が親から受けた扱い」を、自分の子どもに同じようにしてしまうという視点は、説得力がありますから。また、「幼少時に虐待を受けたために、自分が親になった際、子どもの“正しい”育て方がよくわからずに、虐待に至ってしまう」というロジックは、事実ありそうに感じられます。厚生労働省が作成した『子ども虐待対応の手引き』においても、虐待が生じる場合、①多くの親は子ども時代に大人から愛情を受けていなかったこと、②生活にストレスが積み重なって危機的状況にあること、③社会的に孤立し援助者がいないこと、④親にとって意に沿わない子であること、の4つの要素が見られると述べられています。

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17世紀の画家、ルーベンスによる絵画「幼児虐殺」。ドイツ・ミュンヘンにある国立美術館、アルテ・ピナコテークの所蔵で、新約聖書「マタイによる福音書」内のエピソード「ベツレヘムの幼児虐殺」にもとづく(画像はWikipediaより)

 しかしながら、実はこの「虐待の連鎖」という考え方は、医学的には必ずしも実証されたものとはいえません。というのは、虐待に関する疫学的な研究は、ごくわずかしか行われていないからです。またこの「虐待の連鎖」の考え方とは逆に、「自分の親から虐待などのひどい扱いを受けたから、自分の子どもには絶対そういうつらい思いは味わわせないようにしよう」というロジックも成り立つますし、事実そう考える人がいてもおかしくはないでしょう。

 東京都福祉保健局は、都の児童相談所において2回にわたって虐待に関する実態調査を行っています。このうち、2003年度に受理した全ケースについて分析した報告が、『児童虐待の実態Ⅱ』です。この資料を読み解くと、「虐待の連鎖」が必ずしも当てはまらないようにも読めるのです。

 この報告書によると、虐待の加害者である保護者の成育歴については、「被虐体験 9.5%」「両親不和 5.8%」「ひとり親家庭 9.3%」となり、必ずしも「被虐体験」は高率に出現してはいません。この結果からは、これまで虐待の要因として強調されていた「虐待の世代間連鎖」などといった親の成育歴の問題は、必ずしも虐待の発生において決定的なものとはいえないようにも思われます。というよりもむしろ、複数のストレス因子の相乗作用が虐待を引き起こしているように考えられるのです。

 一方、この調査における被害者側の子どもの要因として、「問題行動がある」「心身の発達の遅れ」はそれぞれ約10%でした。また、虐待問題においてしばしば指摘されている、「望まずに生まれてきた子どもは虐待を受けやすい」という例は、わずか4%にすぎませんでした。

 以上のような結果から、虐待について一般的に信じられている点は必ずしも正しいとはいえないが、発達障害、知的障害は虐待の要因として重要であるーーと考えられるでしょう。

 東京大学保健学科の渡辺友香らは、首都圏に居住する満6歳以下の子どもを持つ母親1538名を対象に、虐待行為の実態を調査しています。その結果、約8%の対象者が虐待行為はしばしば、あるいはときどきあると回答しています。虐待行為の頻度の高さは「気の合わない子がいること」「夫が非協力的であること」「子どもの数が多いこと」「母親に解離傾向があること」などと関連が見られ、虐待行為は複数の要因による育児困難な状態と関連があることが示唆されたのです。

 一方、成人してからの虐待行為が、子ども時代の被虐体験と関連するという報告も、確かに見られはします。心理学者であるブリーレらは米国の各地からランダムに選んだ1442例の成人を対象に、虐待体験に関する調査を行いました。その結果、身体的虐待、性的虐待の既往のある例においては、成人してからの虐待行為が有意に多かったとしています。

 とまあこのように、「虐待の連鎖」については現在のところ、明確な結論は出ていないというのが正直なところ。ゆえに、今後さらに詳細な検討が必要とされるでしょう。

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岩波明

1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院をはじめ多くの精神科医療機関で診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に『殺人に至る「病」~精神科医の臨床報告~』 (ベスト新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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