児童虐待加害者の6割超は実母、では「虐待の連鎖」は本当なのか? その医学的根拠に迫る

連載 2018.12.08 00:05

虐待体験に関する医学的研究はまだ端緒段階

「虐待の連鎖」を検討する上でさらに重要な点は、虐待と思春期以降の不適応行動、精神疾患との関連でしょう。つまり、虐待が直接的に世代間連鎖をするのではなく、幼少時の被虐待体験によって思春期以降の不適応行動や精神疾患を誘発しやすくし、これが虐待を引き起こす要因として作用しているーーという考え方です。

 こうした、虐待体験と関連する精神医学的問題が検討されたのは、比較的最近のことです。というのは、当初、虐待に関して注目された点は、子どもの命を救うことや、子どもの権利といった問題からの発想が中心であったからです。しかしこれまでの報告においては、いくつかの精神疾患において、子ども時代の虐待の有無が疾患の発症と関連しているという結果が得られています。

 精神科医の鈴村俊介らは、2006年1月から6月までに東京都立梅ヶ丘病院を受診した青年期女子患者(13~18歳)142名を対象に、自傷行為に関して調査を行っています。その結果、対象者のうち33.3%に自傷行為の経験が認められたといいます。対象者を自傷群(47名)と非自傷群(95名)とに分け比較したところ、「身体的/性的虐待の経験」と「両親間の暴力行為」が、自傷群において有意に多かったとのこと。

 また同じく精神科医の松本俊彦らは、「身体の表面を刃物などで切る」形式の女性自傷患者53例を対象に、1年間の追跡調査を実施しました。この結果、調査中に自傷行為か過量服薬のいずれかが見られた者は69.8%であり、過量服薬が見られた者は17歳以下における肉親からの性的暴力を受けた経験が有意に多く認められたとしています。

 海外の報告においては、子ども時代の虐待体験と、不適応や思春期以降の精神疾患の発症が関連するという報告が散見されます。特に、虐待とうつ病の発症について関連が見られるという報告が多いのです。さらに複数の論文において、子ども時代の虐待が思春期以後の精神病の発症に関連していることが報告されています。

 英国の心理学者であるフィッシャーらは、精神病症状が初発した患者を対象として、子ども時代の虐待体験との関連を検討しました。対象は、初発精神病患者181例と、健常対象者246例。患者群のほうで虐待の頻度は高率ではありましたが、この差は有意ではなかったといいます。さらに性別ごとに検討を行うと、女性においては身体的虐待と精神病の発症に有意な関連が見られたが、男性ではこの関連が認められなかったとしています。

 というわけで、児童虐待の頻度は高く重要な社会問題ではありますが、虐待の連鎖、虐待と精神疾患の関連などについて、少なくとも医学的には、現時点では明確な結論は得られていない、ということがおわかりいただけたでしょうか。今後、さらなる検討が必要とされるでしょう。

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岩波明

2018.12.8 00:05

1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院をはじめ多くの精神科医療機関で診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に『殺人に至る「病」~精神科医の臨床報告~』 (ベスト新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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