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がん闘病の古村比呂『ザ・ノンフィクション』の放送内容に疑問符?

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古村比呂オフィシャルブログより

 女優の古村比呂が12月3日更新のブログで、「怒りの行方」と題し、あるテレビ番組に対する怒りを明かした。古村は<実はある日観たTVの内容がえげつなさ過ぎて だったらTVを観なきゃ良いのですが 気になり過ぎで最後まで観てしまいました。結果「なんて内容だぁ」と怒りが込み上げて来ましてだにその感情が収まらないようです><そろそろ怒りの感情は時と共に消える頃なのに「オイオイ、どうした?!」 中々消えず状態です>と綴っていた。番組名は伏せているが、放送日が11月25日だったことは明らかにしている。

 11月25日には、古村自身も登場する『ザ・ノンフィクション「母さんがガンになって 僕が考えたこと」』(フジテレビ系)が放送されていた。闘病生活を送る古村の3人の息子たち、主に長男に密着した内容で、ナレーションも長男が務めているほか、闘病中の古村の様子も長男が撮影。無論、番組が放送されることは古村も承諾していただろうが、実際に放送された番組を見て古村はなぜそんなにも怒りが込み上げたのだろうか。

 現在54歳の古村比呂は、1992年に俳優の布施博と結婚。同年、1993年、1997年と3人の息子が生まれた。2009年に布施と離婚。3人の息子たちの親権は古村が持った。古村の子宮頸がんが見つかったのは2011年で、翌年に子宮頚部の切除手術、さらには子宮の全摘手術を受けた。しかし昨年、3月に再発、11月に再々発し肺とリンパ節への転移がわかったという。今年1月から古村は抗がん剤治療に入り、現在も闘病生活を送っている。

 『ザ・ノンフィクション』によると、古村の3人の息子たちは、全員フリーターだ。26歳の長男・拳人さんの夢は映画監督だが大学卒業後はアルバイト生活、25歳の次男・翔悟さんの夢はプロのミュージシャン、21歳の三男・大海さんは高校卒業後ゲーム三昧で夢は模索中。全員、収入は安定していない。

 これまで母親のメディア出演料や貯金で暮らしてきたという古村家。母親のがんが再々発という事態に直面し、これ以上母親に無理はさせられないと考えた拳人さんは、弟たちとも相談して、生活費として月に30万円、つまりひとりあたり月に10万円を家に入れると決めた。が、フリーターの彼らにとって楽な金額ではない。家を出て家賃6万円の部屋で暮らす翔悟さんは音楽活動とバイトを並行し、ニートだった大海さんは拳人さんの紹介でライブハウスの母親の出演料や貯金で暮らしてきた厨房でバイトを始めるが、3人合わせても家に入れられる金額は18万円が精いっぱいだった。

 飲食店を掛け持ちして週に6日バイトする拳人さんは、映画監督の夢を先送りしている状態にある。というか、母親が闘病する中、夢を追うか、諦めるかを迷っているのだ。密着取材期間中、知人の紹介で映像の仕事をした時期もあったが、会社側の都合で契約は保留となり、結局アルバイト生活に戻った。「何かを変えたい」「何かを変えなければ」と思う拳人さんだが、どうにもふんぎりがつかず、夢を追うか諦めるか、とにかくどっちつかずのように見える。拳人さん自身、「家族(母親)のせいにして動けないって風にしてるんじゃないか」と自分を見ていた。別の場面では、拳人さんが自分を「クズなだけ」と語ってもいた。

 家庭の経済状況について古村は息子たちに話しておらず、家族で夕食に出かけた際に拳人さんに聞かれても「ないはない」「(現段階でギリギリの生活ができる理由は)やりくり上手だから」など、詳しくは語らない。そして古村は「母のこの状況でやってみたいこととか、そういうものができなくなるっていうか、それにブレーキがかかることはやめてほしい」と拳人さんに言う。

 しかし拳人さんは戸惑っているようだった。「自分のことに関しては何も普通にできる状況じゃないから、正直」「そういうことを決めろ考えろって言われても、それもわかるんだけど、俺の個人の判断として何も考えられない」「自分のことばかりじゃない」「だから自分のことを考えて欲しいと言われてもふざけんなって思う」と、今は決められない状況であることを訴える。古村はそんな拳人さんに「ふざけんなの矛先はこっちかい?」「それはちゃうやろ」と疑問を呈しつつも、拳人さんが将来を考える年齢の時期に、母である自分のがんが発覚し、「ストップをかけた」のではないかと、気にしているように見えた。

 拳人さんは「何も考えてないし、色んなことに母の病気が付きまとって、言い訳にしちゃっているから、ちょっとでもいいから多少自分に余裕があってどうこうして、考えた結果でいきたい」「映画監督になるかどうこうは待ってくれ」と言い、やっぱり将来については“保留”に。ラストのナレーションで拳人さんは「僕は母さんを兄弟で支えたいだけ」「どんなことも決して家族のせいにはせず、自分で自分の道は決める」と語っていた

 この放送内容のどのあたりを「えげつなさ過ぎ」と感じ、「怒り」がこみ上げたのか、古村は詳細を明かしていないが、長男の拳人さんがナレーションを務めていたこともあってか、番組では闘病生活を送る母親から自立できない3人の息子たちの「甘さ」や「情けなさ」が強調されていた印象がある。たとえば拳人さんに対して、「大学を出ていながらなぜ就職しない?」、三男の大海さんに対して「夢が見つからないなら尚更大学に進学すべきだったし、家でゲーム三昧の日々を送ることを母親の古村はなぜ認めたのか? 母親ががんで闘病しているのになぜ自立を決断しない?」といった疑問を抱くのが自然な構成となっていた。

 また息子たちに経済状況を聞かれても詳しく語らない古村への疑問もわいた。彼らを子ども扱いしすぎているように見える部分もあった。古村の子宮頸がんが見つかったのは、拳人さんが大学に入学して間もない時期だったとのことで、となれば下の弟たちは当時高校生、中学生くらいであろうか。母親のがんが発覚した時の子どもたちの不安は大きかっただろう。番組の中で、古村の元夫で息子たちの父親である布施博の存在には触れられておらず、離婚後の布施が息子たちとどのような関係にあるのか、養育費も含め経済的支援を行ってきたのかは不明だ。布施自身も病を患っている。

 古村は、12月2日更新のブログでこの番組について触れていた。<私はカメラの前で話せる〜お金のやりくについて〜限りがありました。撮影当日前もって制作スタッフへその理由を書面も含めつまびらかに伝え「子どもたちにはもう既に私から内情は伝えています」と報告しスタッフと確認しあってから食事会の撮影をしました。という事で私はお金についてはカメラの前では何も話さず、いや、話せませんでした。子どもたちとはカメラのないところでたくさんブツカリ たくさん生きるを語りあい たくさん助けられています>と書いている。11月25日の放送からも、長男の拳人さんが、経済的なことも含め闘病中の母親をどう支えていこうか、常に思案・模索している様子は見て取れた。3兄弟はフリーターで安定した収入は少ないのだが、「それでも」バイト代を家に入れようと決めるのだ。それゆえ、息子たちが情けない人間であるかのように演出された放送内容に「怒りがこみあげ」てなかなか収まらなかったのかもしれない。

 一方で、番組を視聴していて、「家族なのだから自立できていない子供たちであっても支えあうのが自然」という前提に対する疑問も生まれた。親子の相互扶助は常識だという風潮もあるが、関係性や状況によっては抵抗も生まれるだろう。幸いにして、古村と息子たちの関係は良好なようだったが。また、離婚した父親や親戚が何らかの援助を行っているのかは不明だが、もし家族以外に頼れる相手がいれば頼っていいはずだ。

 『ザ・ノンフィクション』のチーフプロデューサー・張江泰之氏は「マイナビニュース」にインタビューで、今回の放送について、<ガンというのは、今や日本人の2人に1人がかかってしまう、さらに若くてもかかってしまう病気でもあり、それに対して家族がどう受け止めるのか、どう生きていくのかというのは、大きなテーマ><こうした誰もが起こりうる事態に直面したとき、家族がどう支えていくのかというのは、ドキュメンタリー番組が伝える役割でもある>と語っている。実際、家族のがん闘病にあたり、経済的にも精神的に苦境に立たされる家庭は多いだろう。その戸惑いをありのままに切り取ろうとしたのか、それとも「こう見せたい」という意図にそった演出がなされていたのか。憤る古村と番組制作側は和解できたのだろうか。すでにブログは削除されている。

中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

バナナ&ストロベリー

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