女性に“だけ”配慮が必要なわけじゃない 「ハラミ会」賛否の前に「男性は乱暴に扱っていい」状態こそ見直しを

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 一方、女性への配慮としてハラスメント防止対策を行った結果、「男にはできるが女にはできない仕事」が生じかねないことを指摘するユーザーもいる。確かに、女性と仕事する際に「オフィスドアを開いたままにする」「第三者を部屋に招待する」が義務付けられると、機密情報を扱う案件の時はどうすればいいのか。女性には機密情報を共有できない、とされてもおかしくない。

 女性が「配慮すべき存在」「リスク要因」と見なされた結果、企業がリスク回避として女性の採用を躊躇えば、女性は潤滑な社会生活を送れなくなり、自立が困難になるだろう。#MeToo運動を恐れるあまり、「これだから女性は面倒くさい」という論調が強まっていくことは、女性の自立を阻むという危険性を伴っているともいえる。もちろんあくまで善意として女性に配慮したつもりが、結果として男女が同等に仕事することができなくなる、ということも起こるかもしれない。

 では#MeToo運動は間違いだったのか。それは攻撃的で、威嚇的で、社会の合意形成を求めるならばとるべきでない行動だったのだろうか。女性がセクハラ告発などせず穏便にかわす術を身につけ「賢く」なれば、問題は生じないのだろうか。

 さらに言えば、社会や企業にとって、女性が“あれこれと配慮しなければならない、扱いづらくて面倒くさい存在”と見なされているとすれば、では、男性という存在は一体何なのかということになる。

 もし、女性と違って男性は“特に配慮の必要がなく、無礼を働いても酷使してもかなわない存在”と見なされているのであれば、おかしくないだろうか。そうした理由で、女性よりも男性と一緒に仕事がしたい、男性を採用したい、と考えられているとしたら、リスク回避として女性を回避する前に、まず男性を酷使してもいいと見なす働き方の基準を見直すべきである。

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