松本人志『ドキュメンタル』でホモソーシャル的お笑い界に抗する女芸人たち

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 大悟が「いや、得意かなと思って……」と弁明したものの、春菜は「女子が4人集まってるからってじゃあ料理やれよって。今まで女子にそういう風にやってきたんでしょう?」と、まくし立てる。ゆりやん、友近もこれに加勢し、黒沢に至っては「こんな男たちは、女のケツしゃぶらしとったらええねん!」と笑いを誘いながら激昂した。いずれも、即興コントのなかで飛び出たセリフではあるが、本心からそう遠くないものではないだろうか。

ホモソーシャル的な笑いが場を支配するドキュメンタル

 ライバルであるはずの女芸人たちが連帯感を高めていることには、理由がある。

 ドキュメンタルのシーズン1では、松本人志が番組について、「お年寄りとか女子供が見て、そこまでどうなんだろうっていうのはありますね。本当に好きな人はのめりこむように見てくれるんじゃないかなっていう、そういう意味ではこれぐらいのターゲットを絞り込む感じで」と説明している。のっけから、女芸人たちは“部外者”のような立ち位置なのだ。“お笑い通の「男」のためのマニアックなお笑い番組”こそ“至高”という選民意識を感じさせる。

 松本の趣旨にのっとってか、ドキュメンタルでは、男芸人たちによる常軌を逸した下ネタやセクハラが横行していく。たとえば、シーズン2ではバイきんぐ・小峠が局部を掃除機に吸引させて悶絶、シーズン3ではオードリー・春日が局部の皮を伸ばして人形を出し入れする……など、どんどんエスカレートしている。およそ地上波では放送できないような痴態のオンパレードに、視聴者からは「下品すぎて見てられない」「ドン引きした」「一流の人気芸人が集まっても結局下ネタに走るのかよ」などと批判も続出していた(シーズン2からは、番組冒頭に「番組の性質上、ご覧になられる方によっては一部不適切と感じられる場合がございます。予めご了承の上、お楽しみ下さい」とことわりが入れられている)。

 視聴者に対する気配りは結構だが、当意即妙の芸が要求されるドキュメンタルでは、ひとつのネタの流れが発生すると場の空気も乗っかってしまう。参加する女芸人にとって、ホモソーシャル的な笑いが場を独占することにやりづらさを抱くことは想像に難くないだろう。

 たとえばシーズン4では、女芸人としてひとりで参加した黒沢が、突然「男社会だなあって」とつぶやきながら泣き出すシーンが見られた。クライマックスでは、男芸人たちが下半身裸になって床に寝そべり、肛門にエアポンプで空気を注入して屁をこき合うという競い合いが発生したが、黒沢は下半身裸になれないので参加できずに傍観していた。しかし、局部を露出した男芸人たちが支配する場の空気に耐えかね、黒沢は「わかんないけど、一回やってみます」と、立候補。しかし行動に移すことなくタイムアップを迎えたが、黒沢の追い詰められたような心境を思うと、胸が痛くなる。

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