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「ちょうどいいブス」は処世術だが女性蔑視でもあり、呪いでもある

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木曜ドラマF『ちょうどいいブスのススメ』公式Instagramより

 来年1月10日からスタートするドラマ『ちょうどいいブスのススメ』(日本テレビ系)が、放送前から議論を呼んでいる。

 このドラマは、お笑いコンビ「相席スタート」山崎ケイ(36)の同名エッセイが原作。“ちょうどいいブス”は山崎ケイの代名詞だ。ドラマの公式サイトによれば、夏菜(29)、高橋メアリージュン(31)、小林きな子(41)らが、「何かしらの生きづらさを抱えている」「現在、イケてない女子」に扮し、「ブスの神様」である山崎ケイのアドバイスを受けながら「ちょうどいいブス」を目指していくという。山崎ケイが、世の女子たちに「まずは自分が思っている以上に自分がブスであることを受け入れなさい!」と喝を入れ、実体験をもとに「ちょうどいいブス(ちょいブス)を目指してみませんか?」と啓蒙する……「生き方指南・共感ラブコメディー」だ。

 しかしこの『ちょうどいいブスのススメ』、ネットでは放送前から批判が殺到し、はやくも炎上気味になっている。SNSには、「こんなタイトルつけんのか。なんか納得できない」「いつまでこんな価値観でドラマ作る気なの?」「時代錯誤感ありありのドラマやるのか…もう平成も終わるってときに…」「男価値観の奴隷になりたいなら勝手だけど、地上波で押し付けないでほしい!」などと、辛らつな意見が数多く噴出している。

 放送前のドラマがこれだけ批判的な意見が集めてしまったのは、タイトルの「ちょうどいいブス」というワードにモヤモヤさせられた人が多かったからだろう。まず、端的に「ブス」という言葉は「美人」を意識したものであり、根底にルッキズムがあること。また、「ちょうどいいブス」というのは、他人にとって都合のいい存在になることを推奨しているようであること。それらが「モヤモヤ」を誘うことは事実だ。

 いったい誰にとっての「ちょうどいい」なのか? 山崎ケイが日頃から「モテ」をネタにしているように、男性に「選ばれる」ための「ちょうどいい」を指しているとするならば、それは女性を著しく貶めることでもある。「ちょうどいいブス」というワードは、ナチュラルな女性蔑視になり得る。

 一方で、「ちょうどいいブス」を提唱する山崎ケイは、逆に「女性の生存戦略」として、つまりこの社会における女性の生きやすさをUPさせる手段としてこれを推奨しているように見える。女性を貶める意図はなく、ちょっとした自虐と自慢のハイブリッドが彼女にとっての「ちょうどいいブス」ネタだ。彼女の価値観や「ちょうどいいブス」のコンセプトを肯定する意見もSNSには多い。

 しかし、自ら「ちょうどいいブス」を名乗り、またそれを目指すことは、やはり女性にルッキズムの呪いをかけ、主体性を奪い、「(男性に)選ばれる側」からの脱却を阻止してしまう。このことに山崎ケイは無自覚だと思う。

 女芸人にとって、外見をネタにすることはひとつの処世術であるし、自らの容姿を受容した上で武器にする覚悟はあるだろう。しかし、芸人は「ブス」で笑いを取ることで名声を獲得できるとしても、一般女性が容姿をネタに自虐しても、その犠牲に見合うだけの恩恵は受けられない。自尊心が損なわれるだけだろう。

 そう考えれば、山崎の「モテネタ」はあくまで「ネタ」で、広く世間に落とし込む必要があるのか疑問ということになる。まして昨今では、テレビバラエティにおける「ブスいじり」もすでに笑えなくなっている。いずれにせよ、「ちょうどいいブス」というワードセンスが時代を読み違えていることは間違いないだろう。

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