もう年末らしいので、2018年を振り返るコラムでも書くことにする。この1年のLGBTコミュニティはとにかく「紙」に翻弄された年と言って良いのではないかと思う。年明け、まず「広辞苑」がLGBTを新語として加えたことを大々的に宣伝したものの、フタを開けてみたら解説が間違っていたということですべった。7月には、「新潮45」(新潮社)が杉田水脈氏の寄稿で大炎上、炎上商法に味をしめたのか10月号で杉田擁護特集を出し、結果的には事実上の廃刊へ。
広辞苑にLGBTが登場。しかし、内容がおかしい。
10年ぶりに改訂された「広辞苑」の第7版が1月12日に発売された。この新しい「広辞苑」は、第6版の刊行後に定着した言葉として、約1万項目を新たに追加し…
インターネットの登場以来、学校のリポートの参考文献にウィキペディアを使うような学生はおおむね叱責され「きちんと紙媒体の文献を当たりなさい」なんて指導されてきたと思われるが、ことLGBT界隈に関しては紙媒体のあやうさを感じさせるエピソードには事欠かない。そもそも教科書には、「思春期になるとみんなが異性に惹かれる」かのような記述がある。教科書も辞書も不正確である以上、初学者はいったい何を信じればいいのかわからないだろう。LGBTをめぐる話題が、「紙」の権威におけるバミューダ・トライアングルと化す現象。2019年以降も、しばらくは続くのかもしれない。
背景には、紙媒体に関わる人たちの年齢層の高さや、出版不況ゆえに売れるコンテンツが限られていることなど、いろいろな事情があるだろう。特に世代の問題は大きいように思う。一般に若い世代の方がLGBTについて受容度が高く、同性婚に関する2015年の意識調査でも20代〜30代は72%が賛成なのに対し、40代〜50代では55%、60代〜70代では32%と賛成の割合はガタガタ落ちていく。私は普段、学校に呼ばれて多様な性に関する授業を行なっているが、生徒たちの方が50代の教員よりもよほど多くの情報に小さい時から触れている。「YURI!!! on ICE」や「おっさんずラブ」で育っている女子高生は、そもそも「地」からして違うのだ。
慣れないトピックについて話す緊張した50代教師が「おめいら知らないと思うけど、LGBTの人たちを理解しなきゃいけないんだぞ」なんて上から目線で話した日には、「そっちこそわかってないくせに」とのブーイングは必須である(大人たちは謙虚でなくてはいけない)。このように世代間ギャップは思いの外はげしいので、紙をめぐる騒動は世代をめぐる騒動でもある。
ところで今、駅前の小さな書店を見渡したとき、LGBTに関するもので置かれているのはせいぜい少しの新書に、あとはコミックエッセイや漫画ではなかろうか。「広辞苑」や新潮社の雑誌に比べたら権威がなく、「おじさん受けしないメディア」である。「おじさんメディア」と、「おじさん受けしないメディア」を比較した場合に、前者の方が後者よりもいつでも信用に足ると考えられていること自体がそもそも間違っているのではないかとも思えてくるが、どうだろう。ちなみに私は玉石混淆ではあるが、やっぱりインターネットが好きだ。