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カルロス・ゴーン容疑者を勾留する「東京拘置所」は本当に“地獄”か? 日仏刑事司法の比較から考える日本“人質司法”の問題点

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裁判後に死刑に処す日本、その場で“処刑”するフランス

 さらにいうと、フランスでは1981年に死刑が廃止されており、そのことをもって日本より人権意識が高いとする向きもありますが、それもまた皮相的な物言いだと私は思います。というのも、ご存じの通りフランスやアメリカなどでは、ことに犯罪事実がほぼ明らからな凶悪犯については、警察官が有無をいわさず現場で射殺してしまうケースがよくあるからです。2018年12月11日にフランス東部ストラスブールで発生した銃撃テロの容疑者も、裁判にかけられるどころか逮捕されることすらなく、逃走中に警察によってあっさり射殺されています。

 また、そのように被疑者を取り調べや裁判の前に殺す以上、当然ながらその中には、無実の市民が含まれている可能性がある。これはより大きな問題です。実際フランスでは、射殺された者の無実があとから判明するケースがあとを絶たない。そうした警察官による市民の誤射は、“bavure”(「よだれ」の俗語)という呼び名を付けられるほど頻繁に起きているのです。

 それはおくとしても、警察官の手で被疑者を“処刑”してしまうことが、事実上、死刑制度の代替として、市民の処罰感情を満たしている面は確かにある。「死刑がないから人道的だ、人権意識が高い」などとは単純にいい切れないということが理解できるはずです。

「日本は遅れている」は本当か?

 このように見てみると、わが国の刑事司法が、フランスをはじめとする欧米諸国と比べて、少なくとも実質面においては決して立ち遅れてなどいないことがわかるでしょう。むしろ諸外国こそ、犯罪発生率の低い日本から学ぶべきところが多いのが実情といっていいほどです。

 もちろん、だからといって、いわゆる“人質司法”など、日本の刑事司法に見直すべき点がないということにはなりません。ただ、東京拘置所におけるゴーン容疑者の処遇などについて海外メディアの報じていることがそのまま正しいわけでない、ということだけははっきりと指摘しておきたい。日本のメディアも、欧米から強く主張されると無批判に受け入れてしまう悪い癖をそろそろ直すべきではないでしょうか。

 次回は、なぜゴーン容疑者がカリスマ経営者の座から転落してしまったのかについて、その人物像や時代背景を眺めつつ考察したいと思います。

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