LGBTQティーン・ホームレス
上記に成人と子供を合わせ、全米で55万人がホームレスと書いたが、これは現時点での人口であり、いったんホームレスとなったのちに住居を見つけてホームレスではなくなるケースも多々ある。したがって「過去1年間のうちに1度でもホームレスとなった経験を持つ子供」は420万人という驚くべき人数になっている。
ニューヨーク市も同様だ。市内にはPre-K(3~4歳児幼稚園)から高校まで合わせると、公立学校に通う児童生徒が110万人いる。そのうち10人に1人がホームレス経験を持つ。ただし、ニューヨーク市は所得格差が非常に大きく、市内の居住区は人種と所得によってはっきりと分かれている。富裕地区の学校にはホームレスはほとんどおらず、低所得地区では生徒の3分の1がホームレス経験者という学校もある。かつ、ホームレスの子供の9割は黒人とラティーノだ。
ティーンエイジャーの場合は家出の結果のホームレスも少なくない。家出の理由はさまざまだが、LGBTQのティーンはホームレス率が飛び抜けて高くなる。親が子の性的指向等を受け入れられず、家から追い出してしまうのだ。親の猛反発はキリスト教の価値観に依ることが多く、和解は困難だ。LGBTQのティーンは一般のシェルターに行くとそこでヘイトクライムの対象になり得る。そのためLGBTQティーン専用のシェルターも存在する。
華やかな面ばかりがフィーチャーされがちなニューヨークだが、いずれもガイドブックには決して載らない、非常に厳しい負の側面なのである。
リリーが必要となった“現実的”な背景
増え続けるホームレス。ニューヨークの場合は前々代の市長ジュリアーニ(現在はトランプの個人弁護士)、前代市長のブルームバーグ(次期大統領選に出馬の可能性あり)がホームレス支援策を徐々に削減した結果だ。そもそも家賃が高く、空室率の低いニューヨークでいったんホームレスになると新たなアパートを見つけるのは至難の技となる。現市長のデブラジオは低家賃住宅の増設をおこなっているが、膨大なホームレスや低所得者の人口に見合うだけの物件を用意するのはほとんど不可能とも言える。
解決のメドがつかないホームレス問題だけに、子供たちのケアが急務となる。『セサミストリート』がリリーという人間のホームレス・キャラクターを登場させたのも、それが理由だ。
ゴミ缶人生を楽しむオスカーは感性の多様性を教えてくれる貴重なキャラクターだが、「ホームレスも案外自由でいいかもね」などと言えるのは、帰る家を持つ大人のみだ。さまざまな不安で押しつぶされそうなホームレスの子供たちが「オスカーは楽しそうだし、私もホームレスでも大丈夫!」などとは決して思わない。番組側もオスカーをホームレスとは呼んでおらず、リリーを「初のホームレス・キャラクター」としている。
オスカーをホームレスと呼べば、ホームレスの子が「ゴミ缶暮らし」といじめられる事態も起こるだろう。ホームレスの子供たちに必要なのは、ホームレスであることを打ち明けられる友だち、もしくは自身の分身、つまりリリーなのだ。
リリーはホームレスではない子供たち、さらには大人たちにホームレスの存在を認識させ、ホームレスの子供たちへの理解と思いやりをうながす役目も持っている。朝のニュース番組『USA TODAY』は出演ジャーナリストのクレイグ・メルヴィンに、ホームレスではなくなったリリーを“インタビュー”させている。
メルヴィンの「ホームレスを体験するってどんなふう?」という質問に、リリーは「辛かった。誰もこんなこと体験しないと思えて」「でもみんなが助けてくれた」と答えている。リリーの友だちとしてインタビューに参加したマペットのグローヴァーは、「ホームって家とかアパートとかじゃなくて、大好きな人たちがいるところ」と、自宅を失ったホームレスの子供を勇気付けるメッセージを発している。エルモは「リリーを支援すること」について聞かれ、「リリーは希望を教えてくれた。リリーが大変だった時に彼女を支えるのは、自分にとってもよいことだった」と、エルモにしてはかなり大人びた返答をしている。『USA TODAY』の視聴者は大人だ。このインタビューは大人への啓蒙であり、かつ親から子に伝えてほしいメッセージでもある。
『セサミストリート』は去年、自閉症の4歳の女の子のキャラクター、ジュリアを生み出している。父親が刑務所に収監されている少年を登場させたこともある。そもそも『セサミストリート』は、50年前に英語が不得意な移民の子供にアルファベットを教える目的でスタートしている。子供の多様性を表すというより、特定の人種に限定しないためにマペットはモンスターだけでなく、人間のキャラクターもオレンジ、黄、緑、紫など現実にはあり得ない肌の色となっている。今回のリリーもホット・ピンクだ。
しかし、『セサミストリート』は時代の変化とともに、現実社会の事象を盛り込む必要が出てきた。現実がどんどんと多様化し、子供たちもそれに対応して生きていかなくてはならないからだ。子供番組も、いや、現実をそのまま受け止めることがまだ難しい子供対象の番組だからこそ、可愛い、優しい、楽しい、だけではもはや済まなくなっているのである。
(堂本かおる)
■記事のご意見・ご感想はこちらまでお寄せください。
1 2