『いだてん』が好発進!! 権力者のためではない、「平和の祭典」としてのオリンピックを描いた

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 オリンピック参加に好意的でないのは、体育を専門とする先生たちも同様だった。海外留学でスウェーデン体操を学んだ永井道明(杉本哲太)や日本体育会会長の加納久宣(辻萬長)は、欧米人に比べて体格の劣る日本人では勝つ見込みがないとしてオリンピック参加にまったく応じようとしないが、ここで嘉納治五郎が激高しながら語る言葉は『いだてん〜東京オリムピック噺〜』のテーマと言えるのかもしれない。

<参加することに意義があるんだ。国を背負ってだの、負けたら切腹だの、違うんだよ。平和のための真剣勝負。相手を憎むんではなくて、認めたうえで勝とうとする。相互理解だよ。それがオリンピックの精神であり、日本の武道の精神だ。それがわからんとは、君たちはまったくもってスポーツマンじゃないな>

今後の『いだてん〜東京オリムピック噺〜』で描かれる戦争の暗い影

 歴史を追ってみていけば、『いだてん〜東京オリムピック噺〜』のハイライトのひとつに、1940年のオリンピックにまつわる話が出てくるのは間違いない。

 日本がオリンピック招致に成功したのは1964年大会が初めてではない。1940年大会でも招致に成功していたのだが、その大会は、中国をはじめとした近隣諸国への日本の対応に海外から反発の声が起きていたうえ、日中戦争に予算を投じなくてはいけなくなったことなどが重なって返上せざるを得なかった。

 この1940年大会を描くにあたり、宮藤官九郎はどのような物語を紡ぐのだろうか。

宮藤官九郎からの2020年東京オリンピックへのメッセージ

 『いだてん〜東京オリムピック噺〜』初回で強く描かれた「オリンピックは平和の祭典」という思いは、2020年東京オリンピックに対するメッセージでもあるのだろう。

 当初の予算が大幅に膨れ上がったり、「共謀罪」成立のための口実として使われるなど、2020年の東京オリンピックに対しては批判の声が多くある。

 そういった声の上がる根本の原因は、政治家たちが「スポーツを通じて国際平和を築き上げる」というオリンピズムの根本原則を完全に忘れ去っているからだ。

 オリンピックは、金儲けのための祭典ではないし、権力者が歴史に名声を刻むために行われる祭典でもない。平和のための祭典だ。

 『いだてん〜東京オリムピック噺〜』第1回は、2020年東京オリンピック開催をめぐり絶えず議論が噴出する現在の日本に、「オリンピックとはなんのために開かれる大会なのか」という、大事な前提を思い出させる回であった。

(倉野尾 実)

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