政治・社会

「“貯金”のできる内廷費でやりたい」が皇族がたの本音? 27億円の国費を投じる大嘗祭と、“国事行為”たる即位の礼が持つ意味

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即位の礼は「国事行為」としてうまく処理

――2019年には、大嘗祭に先立って即位の礼が行われます。国費が投じられる点では大嘗祭と同じですが、こちらについては宮中祭祀ではなく国事行為とされ、政教分離の原則に反しないとされています。この扱いの違いはどういうことでしょうか?

小田部雄次 そこは、今上天皇の即位の際にわりあいにうまく処理できた部分なんです。新天皇が皇位継承の証として三種の神器を受け継ぐ剣璽等承継の儀というのがあるのですが、古式にのっとるとやはり宗教的で、政教分離に反してしまう。そこで、儀式の際に三種の神器を置くのと同じテーブルに、天皇が法律の公布文や内閣総理大臣等の辞令書などに押す御璽・国璽を置き、むしろそちらを目立たせるようにした。どういうことかというと、新天皇がこの儀式を通じて継承するのはあくまで象徴天皇としての業務である、だから宗教行為ではなく国事行為である、三種の神器は伝統的に天皇たる証として必要だから置いてあるだけ、という理屈をつけたわけです。

 まあ、多少無理がなくはないですが、即位の礼に関しては一応はこれでうまく収めた。逆にうまくいかなくて、今も問題を引きずってしまっているもののひとつが大嘗祭なんですね。そこで政府が気を利かせて、先に述べたような皇室の思いをくみ取ってくれればよかったのでしょうが、単純に「前回の大嘗祭もそうだったから」という理屈で、今回も国費で行うと決めてしまったわけです。

 政府にその気があれば、理屈なんていくらでもつけられる。例えば、宗教ではなく日本の伝統文化のひとつととらえれば国費を出してもいいのではないかとか、海外に新天皇を広く紹介する儀式だから国事行為とみなせるのではないかとか。そんな議論が出てくれば道がひらけるかもしれませんが、今のところそういううまい着地点を見いだせないでいるという印象ですね。

(構成/松島 拡)

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