2-4 導かれた知見
回帰系の分析は直線を引いて変数の関係性を調べる分析なので、2-3の結果から次のような言い方もできます;
「トランス女性へのフォビアを減らすと、人々の間でジェンダー平等感覚が高まる」。
日本に住む20-79歳の人々の意識を調べた結果、一般的には、トランス女性への強い嫌悪と高いジェンダー平等感覚は、両立しませんでした。むしろ、トランス女性への嫌悪を減らしていくことは、ジェンダー平等感覚のある社会を作っていくことにつながります。そしてこれは、年齢や性別(性自認)、教育変数などの影響を排してもなお、導かれる知見です。となると、企業や自治体での啓発や研修が重要になってくるかもしれませんね。
結論です。人々の意識のあり方を見て次のことが分かりました。トランス女性への嫌悪を増大させてもジェンダー平等感覚が醸成する社会は来ません。私たちは差別感情をあおるような「憎悪の政治」をやめて、共生を前向きに考える段階に来ています。
ちなみに、逆の分析もやってみました。すなわち、「トランス女性への嫌悪」を「説明される変数」に置き、「ジェンダー平等感覚」を「説明変数」に置くというモデルです。こちらもほぼ同様の知見が得られています。人々のジェンダー平等感覚を高めれば、トランス女性への嫌悪は弱くなります。(なお、2つの変数の相関係数はr = -.531 (p<.000)です。)
昨今のトランス女性を排除する言説は、インターネット空間で増幅しています。女性、性的マイノリティ、外国人、障がい者…、すべての人に本来保障されるべき人権が、まるでないかのように踏みにじられています。人々はインターネット上の書き込みに、どれだけ影響を受けているのでしょうか。今後調べていく必要は、大いにあります。
私たちの研究チームでは、ヤフーニュースなどのコメント欄、5ちゃんねるなどの匿名掲示板、まとめサイトなどの視聴頻度と、各種差別的な観念がどのように結びついているか、調査・研究を進めているところです。これ以上、ひとりの大切な命も失うことがないように、私を含めた研究者たちは、社会に耳を傾け、結果を社会に還元していきたいと考えています。
○3 変数作成の手続き
以下は、変数の作成手続きを書いています。
性自認は、女性を0、男性を1としました。ダミー変数化と呼ばれる手続きです。
年齢はそのままです。例えば28歳なら「28」です。範囲は20-79です。
教育年数は、最終学歴を年数化しました。中学卒業であれば9、高等学校卒業であれば12です。専門学校は様々な年数がありますが、さしあたり短大・高専と同じ14を入れました。大学以上(大学院含む)は16を入れています。本当はダミー変数化して投入すべきですが、結果の見方が煩雑になるため、今回は簡易的に投入しました。
世帯年収は、「100~200万円未満」「200~300 万円未満」などのカテゴリーで聞いています。今回は、カテゴリーの中の中心の値を採って、前者を「150」、後者を「250」などとして投入しました。これも本当は対数を用いるなど、精錬された方法があるようですが、簡易的に投入しました。
トランス女性へのフォビアは、下記の3項目を用いました。点数を逆転化し、値が高いほど「トランス女性へのフォビアが強い」とする尺度を作りました。得点範囲は3-12点です。読者の中にはひょっとしたら、「この3つはまったく別の内容を尋ねている」と思われる方もいるかもしれませんが、主成分分析を行ったところ、1因子構造でした(=1つの内容を示しています)。この尺度がどれだけ一貫性をもっているか調べたところ、α=.781という数値が得られ、十分に高い数値なので問題はありませんでした。削除したらαが上昇するような項目もありませんでした。
ジェンダー平等感覚は、下記の5項目を用いました。値が高いほど「ジェンダー平等感覚が強い」とする尺度を作りました。得点範囲は5-20点です。こちらもひょっとしたら、「この5つはまったく別の内容を尋ねている」と思われる方もいるかもしれません。主成分分析を行ったところ、1因子構造でした。この尺度の内的一貫性を調べたところ、α=.709で、特段の問題はありませんでした。削除したらαが上昇する項目もありませんでした。
▼調査の概要
2015年3月実施「男女のあり方と社会意識に関する調査」
住民基本台帳をもとにした層化二段無作為抽出法。全国に在住する20-79歳から2,600人を抽出。地点数は130。
訪問留置訪問回収法。1,259人が回答(回収率48.4%)。一部郵送回答あり(回収票中の4.8%に相当)。
質問数は59問、全157項目。
▼調査報告書は以下からダウンロード
釜野さおり・石田仁・風間孝・吉仲崇・河口和也(2016)『性的マイノリティについての意識─2015年全国調査報告書』科学研究費助成事業「日本におけるクィア・スタディーズの構築」研究グループ(研究代表者・河口和也)編.
図表2・図表3は平森大規さん(ワシントン大学大学院)に作成いただきました。ありがとうございました。