「しかしその一方で、リニューアルした日本橋三越本店は、約90人もの専門的なコンシェルジュを配置することで、新規顧客に対する“おもてなし”を強化し、リピーターを増やすことを狙っているようです。この施策は、特定の顧客層に対しては一定の効果があると思いますが、一方でコンシェルジュサービスを求めない顧客も多数いますので、これだけで業績回復を図るのは、なかなか難しいと思います。よって、もっと『コト消費』の取り込みを重視する施策も、併せて行っていく必要があるのではないかと感じます」
川崎氏によれば、三越伊勢丹は近年、急激にトレンドから遠ざかり始めたという。いったい何があったのか。
「三越伊勢丹はここ数年、大西洋社長主導のもとでM&Aによる事業多角化を積極的に行っていました。エステやブライダルなど多くの会社を買収していますが、なかでも三越旅行が手掛けていた旅行事業は、富裕層向けのラグジュアリー・ツーリズム市場において、高い競争力を持っており、とくに富裕層を対象とした高級バスツアーが人気を博していました。さらに2017年には、シニア層に強い旅行会社である『ニッコウトラベル』を買収し、富裕層向けのコト消費の代表格でもある旅行事業の強化を図るための施策を、2社体制でスタートさせていたのです。
このように、三越伊勢丹は、いわば変革のための前準備をずっと行っていたわけですが……やはり、社内では反発も多かったようです。2017年には社長の交代劇が起こり、『本業である百貨店業務の立て直し』を唱える杉江社長が新社長に就任しました。その結果として、事業領域の拡大は鳴りを潜め、日本橋店のコンシェルジュ増員に見られるような『本業回帰』とも言える施策が推し進められました。旅行事業は縮小傾向にあり、ほかの新規事業も順調とは言えません。
もちろん、“おもてなし”の強化は大事ですが、日本橋三越本店は百貨店のなかでもとくに富裕層向けのカラーが強いため、顧客も豊富な商品知識を持った方が多い。よってコンシェルジュには高度な専門知識が求められますので、閉鎖した店舗の社員などを、そのままコンシェルジュ部門に配置転換すれば済むというものではありません。高度な専門知識を持ったコンシェルジュを育成するための教育も実施していかないと、逆に顧客が離れるリスクが高くなるはずです。よって、商品知識豊富な顧客に得がたい買い物体験を提供するというのは、かなり時間がかかる施策であるとも言えるでしょう。
また、地方3店舗が閉店するということからも分かるように、三越伊勢丹の業績は近年悪化しており、一部の顧客は高島屋に流れていると言われています。今の三越伊勢丹は、富裕層向け商品の販売強化のみならず、付加価値のある高品質の旅行など、『コト消費』領域のサービスに対するニーズも併せて発掘し、それを商品販売に結びつけるなどの取り組みを、もっと積極的に行う必要があるのではでしょうか」
日本を代表する老舗百貨店、高島屋と三越伊勢丹。双方は、時を同じくして隣り合う店舗をリニューアルさせたが、進んだ方向は真逆だったようだ。今後、日本橋の地では百貨店の明暗が浮き彫りになっていくだろう。
(文=スギヤマ/A4studio)
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