エンタメ

ディーバユニット「八方不美人」が語る、ゲイとしてドラァグクイーンとして、そしてひとりの社会人として生きるということ

【この記事のキーワード】
ディーバユニット「八方不美人」が語る、ゲイとしてドラァグクイーンとして、そしてひとりの社会人として生きるということの画像1

新宿二丁目の路上に降臨!

 日本最大のゲイタウンとして知られる新宿二丁目は、性的マイノリティの人たちが集う多様性あふれる街であるとともに、刺激的な文化が育まれる場所でもあります。その新宿二丁目からこのほど誕生した「八方不美人」は、女装パフォーマーのドラァグクイーンによる本格的ディーバユニット。

 デビューの経緯や楽曲の魅力を教えてもらった前篇に続き、クラブイベントなどで華やかな彩りを添えるドラァグクイーンとしての活動をはじめたきっかけや、ゴージャスなメイクの奥の素顔である、一社会人としての生活との両立についてインタビュー。そこには、ジェンダーは関係ない普遍的な働き方や思考のヒントも見出すことができます。

新宿二丁目の本格ディーバユニット「八方不美人」! 女の情念をドラァグクイーンが唄い上げる

 日本最大のゲイタウンとして知られる新宿二丁目。さまざまな性的マイノリティの人たちが集う多様性あふれる街であり、先鋭的なカルチャーが育まれる場所でもあり…

ウェジー 2019.01.12

――ドラァグクイーンを始めたきっかけを教えてください。

エスムラルダ:私が初めてメイクをしたのは、1994年の秋。友人のブルボンヌさん(現在、やはりドラァグクイーンとして活躍中)が、レズビアンとゲイのパソコン通信を運営していたんですが、その4周年イベントを、二丁目に新しくできたクラブでやることになって。当時ちょうど、ル・ポール(アメリカのドラァグクイーン)の「スーパーモデル」という曲がヒットしていたため、「周年で、ドラァグクイーンやろうよ」という話が持ち上がったんです。最初はあくまでもパーティーの余興みたいな感じで、まさか40歳すぎても続けることになるとは思ってもいませんでした(笑)。

ホイみ:私は行きつけのゲイバーで時々やっていた「女装デー」というお試し女装イベントで先輩に塗ってもらったのがキッカケで、その年の年末に勤めていた会社の忘年会で女装したのが5年前。会社の外で、いわゆる普通のステージで女装したり歌を歌うようになったのはここ3年ですね。一度博多に転勤になりまして、中州のかわっぺりでよく路上ライブをしていて。女装での路上ライブはめずらしかったみたいでTwitterなんかで拡散されるようになり、認知度があがりました。

ドリアン・ロロブリジーダ:私もそれでちあきホイみを知りました(笑)。

ホイみ:二丁目のクラブイベントなどに出させていただくようになったのは本当に最近です。

ドリアン:やり始めた理由はよく聞かれるんですけど、その度に問い返しているんです。「なんでやらないのか!」と。こんなに楽しいのに!

ホイみ:きっかけすらいらないと(笑)。

ドリアン:デビューは2006年なのですが、気づいたら女装していた感じですね。高校時代から女装していたから。最初は近所の友だちとカラオケ大会で女装しよう! とかだったんだけど、そこからどんどんのめり込んじゃいました。

1 2 3

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。