市川海老蔵を困らせ続けた過剰報道 「新恋人説」「小林麻耶が後妻におさまる説」とは何だったのか

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 そのなかで彼は<私は私に彼女がいるらしい事を週刊誌を通して知りました。海老蔵に彼女いるらしい… そんな気持ちになれないよ、酷いと思いました>と綴っている。

 報道に対する微妙な思いを吐き出しきれていなかったのか、海老蔵は同日のお昼過ぎにも「次々と記事が」と題された文章を再度投稿。<そんなに彼女いてほしいのですかね、マスコミは 彼女いたらいたで 彼女いないならいないで 結婚したらしたで 結婚しないならしないで 色々と…>と記していた。

 しかし、麻耶が姪っ子・甥っ子の世話を焼いていることを上げて、「小林麻耶が後妻におさまる」報道は、その後も各週刊誌の誌面を賑わせ続けた。

 特に、「女性セブン」(小学館)などは、麻耶と海老蔵の関係を“男と女の切ない事情”と表現。絶えず近くにいるにもかかわらず、結ばれない麻耶を“生殺し”とまで表現していた。

 そういった状況を受けてなのか、2018年6月23日に小林麻央を偲ぶ会が執り行われた際は、麻耶自らスピーチでこれらの報道に触れ、<私と海老蔵さんが付き合っているとか、私が振られたということになっちゃってる。そういう報道が出ないように、麻央ちゃん見守っていてね>と、否定のコメントを出す事態に。

 ちなみに、麻耶は昨年8月、結婚を機に所属事務所のセント・フォースを退所。芸能界からも引退している。

小林麻央の病気を公表する経緯にもメディアの報道が影響していた

 そもそも振り返れば、麻央の病気を公表する経緯も、本来は明らかにするつもりではなかったのに、メディアによって強引に白日のもとに晒されたような構図であった。

 麻央の病気は、2016年6月9日の午後に急きょ行われた記者会見で発表されたものだが、この会見は「小林麻央、進行性がんで極秘入院」とのスポーツ報知の報道を受けて行われたものだった。

 病気はこの会見からさかのぼること1年8カ月前に明らかになったものだったが、<公にする、しないは麻央と一緒に悩みまして、今日まで入院しているということが極秘だったのです>(記者会見での海老蔵の発言)とのことで、公には発表しないで闘病を続けていた。しかし、スポーツ新聞にすっぱ抜かれたことで、当初の希望であったはずの静かな闘病生活は叶わない状況になってしまっている。

 海老蔵は来年の5月に十三代市川團十郎を襲名し、同年の夏には、歌舞伎座で3カ月にもおよぶ大規模な襲名披露興行が行われる予定だ。

 今後、さらにプライベートに踏み込むような週刊誌報道が続きそうな気配があるが、メディアにも踏み外してはいけない領域がある。

(倉野尾 実)

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