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流行する「女性」メディアは、軽やかさを超えることはできるのか?/清水晶子×鈴木みのり【年末クィア放談・前編】

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昨年末12月29、30日の2日間、新宿・歌舞伎町のホステスクラブでイベント「PURX」が開催されました。トーク、音楽、食、スクリーニングなどを通じて境界を越えた連帯を図るこのイベントでは、清水晶子さん(東京大学大学教員)と鈴木みのりさん(ライター)が登壇した「清水晶子と鈴木みのりの年末クィア放談」というトークが行われました。

wezzyでは本トークイベントの様子を、前後編に再構成してお届けします。前編は、男女の格差や性差別への問題意識、LGBTはじめとする性的マイノリティの権利を求める声が高まるなか、いま増えつつあるフェミニズムや「女性」を看板とするメディアについてのお話です。

増えつつある「女性」を冠にしたメディア

鈴木:2017年に刊行された「早稲田文学」の女性号や、CINRAの女性向けカルチャー媒体「She is」など、女性を冠にしたメディアや特集が増えているように思います。わたしも、2018年9月に出た「i-D Japan」のフィメール・ゲイズ(female gaze:女性のまなざし)号に、エッセイの寄稿とインタビュー記事を書きました。「i-D」は、ユースカルチャーを祝福する雑誌としてイギリス・ロンドンで生まれて、日本版は3年前からウェブを中心に記事を作りながら、紙の雑誌版を半年に一回刊行しています。フィメール・ゲイズを銘打った特集誌は本国でも出されています。〈総勢147名の女性クリエイターが参加。彼女たちとその創造性を祝福します〉とエディターズ・レターに書かれています。

清水:英語圏だと、メディアスタディーズとかを学んでメディア業界に入ってくる40代以下ぐらいの人たちは、大概どこかの時点でメール・ゲイズについて勉強しているんですよね。だから、多分イギリスの「i-D」がFemale Gaze Issueをやったときは、「ああ(ローラ・)マルヴィのあれの逆ね」って、そういう理解がなんとなく共有されている状態でできていると思うんです。

鈴木:そもそも「メール・ゲイズとは?」と事前に編集者と話さなかったなっていうのをちょっと今思い出して。

清水:メディアスタディーズってイギリスだとジェンダー論などもしっかり入っているし。それと同じ状況は多分日本のメディアまわりにはないので、難しいところがあるかなと思いますよね。フィメール・ゲイズ号には、とてもおもしろく拝読してすごくよかったという記事もいくつもありました。同時に、雑誌の難しいところだと思うんですけど、どうしてもビジュアルイメージが前に出ちゃいますよね。

鈴木:写真のインパクトが強いですね。

清水:例えば、表紙の水原希子さんが出るじゃないですか。そうすると特集として、「水原さんのイメージがフィメール・ゲイズを示していますよ」という感じに見えてしまう。メール・ゲイズは男性の「視線」なのに、フィメール・ゲイズは女性の「視線」ではなくて視線が捉える「イメージ」として表象されるわけですよね。「男性は見る(視線の主体)」なのに対して「女性はイメージ(視線の対象)」である、と。実際のところマルヴィはまさにそれこそが差別だという話をしているので、フィメール・ゲイズというコンセプトであるならば、被写体が全部女性で、しかもその「イメージとしての女性」が強く記憶に残る作りであるところにちょっと違和感があるというか、それでは結局女性はイメージで終わってしまうんじゃないかっていう。

「i-D」はビジュアルの雑誌なので、そこらへんを変えるのはそんなに簡単ではないのだろうとも思いますし、もちろん「これも美しいよね」っていう形でプレゼンされたイメージとしての女性と、女性たちのボイスが組み合わされてはいるんだけれども、「今までのメール・ゲイズ、男性の視点とは違う視線がある」「その〈視線〉を見せるんだ」という打ち出しが強烈に感じられるか? というと……そうだよねってものもあるけれども、あまりよくわからないところもあります。

鈴木:誌面にはいろんな身体や顔をした女性が出ていますよね。

清水:そうなのですが、単純に綺麗でおしゃれな写真に見えるものもけっこうあって。どうしても「伝統的な美しさ」とは違ったとしても、何らかの形ではビジュアル的にアピーリングなものを出したいわけじゃないですか。クィアの話でもよく出てくるんですが、世間一般というか社会や文化の基準とまったく違うビジュアルの基準を持ってる人ってそんなに多くはないので、多くの人が「これはちょっと普通と違ってかっこいいよね」と思う時にそれは何らかの形で「普通と全然違わない」ところに大きく依拠している。それ自体は悪いことではないし、そうでしかあり得ないところもあるとはいえ、フィメール・ゲイズ号を見ていると、全部すごいかっこいい、でもだから逆にあんまり解放感がない。

鈴木:その話は本誌にエッセイを寄稿しているイ・ランっていう韓国のシンガーソングライターとも個人的に話をしたんです。「female gaze:50人のまなざし」という、本誌に登場したりスタッフとして参加した50人のインタビュー動画があるんですが、それを見ながら「全員かっこいいよね」って。でも、こうしたメディアで声を発するのが難しい人とか、そもそも表に出れない人とかの存在について、どう考えるか? みたいなことについてもちょっと話をしました。

清水:どうでしたか? 私は読者として読んだだけなんですけど。みのりさんは実際に書いて、ちょっとまた違うパースペクティブがあるかなと思うんだけど。

鈴木:「i-D」はもともとファンジン(fanzine:ファン雑誌)という発祥で、ファンであることを大切にしていて、何かを批判するんじゃなくて、もし批判するとしても批判して出てきたクリエーションを取り上げて、祝福するっていうのが媒体のモットーだと編集者から聞いてます。ウェブ含め企画提案の際には、編集者から何度もそれを言われてるんですね。

フィメール・ゲイズ号では、「アンジュルム」というアイドルグループの和田彩花さんにインタビューをしました。典型的な女性アイドルって呼ばれてる人たちは、日本では主にヘテロセクシュアルの男性に消費される、性的な視線でまなざされる、みたいな位置づけがされてると思うんです。だから今回はそうではなくて、この人がどうしていきたいのか? とかっていうことをファンとして聞こうと。和田さんは実際そういうことを答えられる人だったんですけど、他の登場者の方々は、メール・ゲイズとは? とか共有できてなかったんじゃないかな。わたし自身も正直わかってなかったところがあります。でも、名指されて消費されたりとかあり方を規定されたりとか、そういうメール・ゲイズに対するフィメール・ゲイズっていう前提を共有していたら、批評的な感じになっちゃってたのかな、とも思います。

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