キャリア・仕事

なぜ日本の管理職は大学教育を低く評価するのか?

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Getty Images/Photo by imtmphoto

 大学という組織は何かと批判されることが多い。その中に、大学教育は役に立たないとする一群があって、この種の主張はずっと以前からメディアなどに定期的に出てくる。典型的なものはこんな感じだ。

①大学で教えていることはその後の人生やキャリアに対して役に立たない
②大学で教えていることは程度が低い
③大学の成績は信用できない
④大学より実社会の経験が重要

 主張するのはたいてい有名大学の卒業者、あるいは中退者(つまり入試に合格した者)のようだ。現職が企業経営者や幹部であることも多い。昭和女子大学の矢野眞和特任教授は「特に出世した人ほど、いかに大学で遊んでいたかを自慢したがる傾向にある」と指摘している。単なる謙遜かもしれないし、自分の出世は大学教育ではなく自分の努力の成果だ、といいたいのかもしれない。

 ネタで話しているケースも多いだろうからマジレスするのもどうかとは思うが、中にはまじめに主張していると思しき人もおり、真に受けている人もいるようなので、少しだけ書いてみる。

 現在日本には800弱の大学があって、年間56万人ほどが卒業者となる。うち約77%、約43万人が就職する(文部科学省『平成 30 年度学校基本調査速報』)。当然ながら、これだけいれば、入学時点での偏差値やその後の成績などによって可視化される学力差は大きい。一方、大きな企業でも1年の採用人数はせいぜい2,000人弱ぐらいだろう。名の知れた企業でも採用者は数人ということは珍しくはない。

 どんな企業でも、新卒採用で入社してくる者は大学卒業者全体のごく一部だ。いうまでもないが、それらはランダムサンプリングではない。企業の就職人気度だって移り変わるだろう。それなりの工夫なしにひとくくりになどできようはずがない。

 少なくとも個別企業の新入社員の「質」を論じたいなら、近頃の大卒新入社員はできが悪い、つまり大学教育が悪いのだと短絡する前に、他の可能性を考えてみたほうがよいということだ。

 たとえばだが:

①「できの悪い大卒者しか応募してこない」、つまり自社はできのよい大卒者に選ばれていない
②「近頃の大卒新入社員」が「できが悪い」のではなく、自らの評価基準や自社の置かれた環境が変わった
③自分の判断能力がなく大学生や社員のできのよさを判断できない
④そもそもこの手の主張は昔からある年配者の繰り言である
⑤ただの偶然、その他もろもろ(以下省略)

 そもそも大学教育に意味がないと主張するなら高卒を採用すればいいし、

海外にも優れた大学がたくさんあるのだから、日本の大学に限る必要もなかろうが、そういう企業はほとんどみられない(最近は高卒採用に目を向ける企業が増えているという報道もあったが、人手不足の影響が大きいだろう)。

 そういえばと思い出したのが、駒澤大学の片岡えみ教授の「誰が教師を信頼しているのか : 「モンスター・ペアレント」言説の検証と教師への信頼」という2014年の論文だ。いわゆるモンスター・ペアレント問題への関心から、教師に対する信頼度が人によってどう違うかを調査している。調査対象が「3歳〜中学3年生の子どもを持つ男性保護者と女性保護者」なので大学への信頼とは異なる部分もあろうが、そう遠くもなかろうと思う。本稿の趣旨に照らして興味深いのは以下の結果だ。

①親の学歴が高いほど、親は教師を信頼している。
②管理職の親は、教師を信頼しない傾向にある。
③学校に関与する親ほど、教師を信頼している。

 教師への信頼は、親の学歴が高いほど高い傾向があるが、職種によって差がある。父親の場合、専門職と事務職では信頼度が高いが、無職・専業主夫、ブルーカラー職、販売・サービス職と並んで、管理職の父親は教師への信頼度が大きく下がる(管理職の父親の教師への信頼度はブルーカラー職の父親とほぼ同じだ)。母親の場合は管理職でも信頼度が下がっていないのとは大きく異なる。

 もちろんこれだけで断定することはできないので、あくまで未検証の大胆な仮説だが、ひょっとすると、管理職の父親は(専門職の父親と違って)大学で教えるような専門知識を使って仕事をしていないから大学教育の必要性を低く評価するのかもしれない(さらにいえば、子どもの教育にもあまり関わっておらず、教師に接する機会が少ないのかもしれない)。

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