建前と本音を使い分けるーー「LGBT運動」の可能性/清水晶子×鈴木みのり【年末クィア放談・後編】

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LGBTブームの中で見えなくなっている問題

谷山:メディアでの取り上げ方と言えば、杉田水脈が「LGBT支援の度が過ぎる」つまりいらないって言っていたんだけれども、LGBT支援がそもそもあるのか? っていう。LGBTに限らず公的な支援っていうものが今足りているかっていったら、シスジェンダー男性・女性でも、特に若者がSOS出せる場所っていうのはすごい少ないですね。本当にある意味、水商売に関して難しかったら生きることも難しいみたいなのは、トランス男性・女性に限らずあるのかなとは思ったりはしました。

クィアなみなさんは一人一人で考えてもらえたらいいなって、個人的に思っています。やっぱり生きていくこと自体が政治的なことだから。自治体の窓口に行ってみて何か不都合があったら文句を言うとか、それ1人でできなかったら団体を作ってみるとか、そういうこともやっていい。

清水:そうそう。1人でやらなくてもいいんだっていうのはけっこう重要だと思うんですよね。

鈴木:1人で抱えちゃう感じは、あれは何なんですかね、でも。

清水:迷惑かけちゃいけないって思っているんでしょうね。「いやいや、迷惑かけていいから」「ある程度は迷惑かけないと」みたいな話をしていくといいんだと思う。無理な人は、そう言われても、ごめんそれは無理って言うでしょうし。

谷山:そこがちょっと大きくなるとロビイングになったりとか、自治体で要望したりとかっていうことになるんだけれども、そこまで考えなくてもいいから地元の自分の住んでいる自治体っていう、そういうところで仲間を作って集まって文句を言う。ちゃんと文句を言うっていうのはクイア的にはこれからどんどん必要になってくるかなと思います。一方で、新宿二丁目のゲイコミュニティでは、お金がないからお店に入れないっていう人も増えている。今もありますけど、貧困化とか格差が、ここ10年20年先もっとひどくなることに危惧しています。そういうところで、ゲイの中での薬物使用が問題になっているけど、それだけ多分困難が強いってことなんですよね。

鈴木:わたしが半年働いてたニューハーフショーパブでも薬をやってる人いたし、コミュニティでも聞きます。つらいからだと思うんですけど。

わたしが見てる範囲の話ですけど、日本のトランス女性のコミュニティ、「ニューハーフ」業界っていうショーパブだったり水商売、風俗、セックスワーカーの世界って、ある意味では就労が確保されてるとも言える。これは三橋順子さんも言ってることで、ある程度肯定的に捉えてるとわたしは解釈してます。他に行き場がないよりはそれでもあったほうがまし、っていう見方ですね。

一方で職業的な特徴もあって業界内で、支え合うという面だけでなく潰すような側面もある。ど根性じゃないけど、酒をこのぐらい飲めないとやってけないわよこの世界、みたいな人もいる。性別移行のために美容整形とか豊胸手術を受ける、そうして同化しないと(既存の社会で)自分個人の生活が守れないみたいな側面もあるから、ある程度そのためにお金が必要っていうのも理解はできるんですね。だから自分の陣地を守るために、張り合ったり必死なんだろうとは思うんですけど。ニューハーフショーパブで、売り上げ1位取ってせいぜい月収100万いくかいかないかぐらいのところで、その人たちが自分の陣地を確保するために新しく入ってきた人を潰すみたいな。さらに、その上にシスヘテロのオーナーとかがいる。そういうのがわたしにはちょっと耐え難かった。

清水:多分コミュニティの中で動いている人は、その中で貧困や障害の問題を抱えている人の存在をわかっていらっしゃるわけですよね。その反面、外からは、それこそLGBTブームの文脈で「すごい色々なクリエイティブなひとたちがいて、頑張ってる」みたいな話と、「もしかしたら今月の家賃も払えない、家賃分を貯めとかなくちゃいけない、と思いつつ、でもそのお金を飲んじゃう」みたいな人の話とは、まったく繋がらないもののように見えているかもしれない。一般社会からは、ということですけれども。実際には多分重なってるのに、それがちょっと見えなくなる。でもその重なりが見えなくなるのはやっぱり恐い。

谷山:それを当事者が言ってかなきゃいけないのが、しんどいっちゃしんどいんですけどね。女性の性暴力の話だってなんで被害者が言わなきゃいけないんだっていう話だよね。

鈴木:男性の被害者もメディアでは可視化されづらいですよね。

清水:#MeTooに関しては、なんで被害者が言わなくちゃいけないんだと同時に、なんで言わせないんだみたいなのもあったりするから、難しいですね。

鈴木:そもそも言う場所がないところからの、ネットでの#MeTooっていう。

建前と本音を使い分けながら

谷山:今の若い子って多分、権利は義務とセットですって教育を受けてきていると思うんです。だから「パレードをさせてもらうためにはこの義務を果たさなければならない」っていう発想になる。義務以前に、そもそも路上で集まってアピールする権利があるんですよっていうのが頭にない。

清水:これをやったら次がなくなっちゃう「かもしれない」のは確かなんだけど、同時にかなり大きなことがなければ「次がなくなる」という事態はおそらく起きない。沿道からパレードに人が入ってくるぐらいなら、多分大丈夫なわけですよね。実際、同じルートを同じような時期に通ってる他の運動のデモでは余裕で人が出入りしているので。

谷山:少しずつ変えればいいんだからね、みたいな。そういうしたたかさがないというか、ある意味体制に巻き込まれている。そのあたりを(世代間で)伝えられてないのは、大人の側の責任でもあるのかなと思う。あと、普段から、批判的な話をぜひやってほしい。自分だけで抱えないで声をかけ合うっていうのは大事かなと思うし、SNSの中でも出せる場所があるっていうのは覚えておいてほしいなと思います。

鈴木:文字コミュニケーションかフェイストゥフェイスか、っていう二択に陥らないで良いはずですよね。使い分けられると良いんじゃないかな。

清水:もっと適当でいいと思うんです。建前と本音の使い分けっていうものをわたしは実はとても信じていて。たとえばクィア系の研究者として、「エリートゲイ」っていう打ち出し方はここがまずいとか、TRPのこのやり方はこう問題があるとか、わたしにとっても譲れない建前みたいなものはいっぱいあるんですよね。おなじように、TRPはTRPとして、「ここ出入りはしないでください」「裸では歩かないでください」「路上でキスはしないでください」とかやっぱり色々あるんだと思うんですけど、それは建前として出せばいいと思うんです。それに対して「そんなのはクィアじゃない」とかっていうすごいラディカルなクィアの人たちの建前ももちろんあるので、ガンガン批判すればいい。

鈴木:すごく事務的なことで解決することってけっこうあるというか。だからそれをやるためにはやっぱり文字コミュニケーションが、そこの胆力があるかどうかってすごく大事。それが建前をぶつかり合わせるってことですよね。

清水:建前同士がぶつかるのは非常にわたしはプロダクティブなことだと思ってて、どんどんやるべきだと思うんです。それとは別に「とはいってもね」という意味での「本音」の部分っていうのも実際にはあって。たとえば、TRPのここがおかしいとは言っても、パレードに行ったりするし、ブースまわったりもする。あるいは、内部でスタッフをやってる人が「とはいえTRPのここはおかしいんだけどね、でもまあわたしはスタッフやるけどね」と思っていても良い。途中入退の話だったら、TRPとしては「全然構わないです」とは言えないとして、それでも現場で「今行けるから入っちゃえ」とかっていうのはあっていいんじゃないかなと。建前は譲らない、でも本音はもう少し対応は色々あるよね、みたいな。

鈴木:前編ではけっこう批判的に取り上げた「i-D Japan」もですけど、メディアがコミュニケーションの場を作るという側面もありますよね。TRPもそういう場であってほしい。マーケットとつながることが必ずしもすべて悪いわけじゃない、と。またマーケットとは別に、このイベント「PURX」のように、有志で集まって話す機会や場を作れるということも大事だなと思います。

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