黒人を「チンパンジー」と呼ぶ日本人~黒人差別は日本も無縁ではない

文=堂本かおる
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奴隷の一生

 1619年、現在のヴァージニア州にあるジェームズタウンという小さな町に、オランダ船が20人のアフリカ黒人を運んできた。これが北米に連れてこられた初めての黒人とされている。以後、南北戦争を経て奴隷制が廃止される1865年まで、246年間の長きにわたってアメリカは黒人奴隷制度を擁することとなった。

 以下を自分と子や孫に起こったことと想像してみるといいかもしれない。

 アフリカに生まれ育ち、いつものようにごく当たり前の日常生活を送っていたある日、突然、何者かに誘拐され、船底に鎖で繋がれた。何が起こっているのか、どこに連れていかれるのか、全く分からない。奴隷船の環境は劣悪で、目的地に着くまでに多くが死に、死体が海に投げ捨てられるのを目撃した。

 生き残ってアメリカに到着した。奴隷業者によってセリにかけられ、人間としてではなく、家畜と同様の所有物として農場主に買われた。奴隷として使いやすいようにアフリカの文化を全て奪われた。一方的にトーマス、パティなどの英名を付けられ、アフリカの名前は使ってはならないと言い渡された。アフリカの言葉も使ってはならず、英語を強要された。ただし読み書きを学ぶことは厳禁とされた。

 以後、故郷のアフリカに戻ることは到底できず、恋しい家族から切り離され、一生を奴隷主を富ませるためだけに働き続け、やがて死んだ。途中で奴隷主の意に添わぬことをすればムチ打ちの刑を受け、手足や耳を切り取られたり、殺される者もいた。それらを全て目の当たりにし、常に恐怖と共に生きてきた。

 女性だったから奴隷主にレイプされ、白人とのミックスの子供を何人も産んだ。子供たちも黒人奴隷として育ち、自分と同様に奴隷として一生を終えた。その子供たちもまた同様だったが農場主が破産したため、バラバラに売り飛ばされ、生涯、再会することは叶わなかった。

奴隷制度250年 > 解放後150年

 最初の黒人の連行から246年後にようやく奴隷制は終わったが、白人側に染み込んだ黒人への差別意識が消えることはなかった。黒人は生物として白人より劣ると信じられていたのだ。奴隷制廃止とともにKKKと呼ばれる白人至上主義グループが結成され、黒人への熾烈な虐待をおこなった。

 奴隷ではなくなった黒人たちだが、白人の街には住めなかったために黒人だけで暮らしていかざるを得なかった。白人と黒人は同じアメリカという国の中で全く異なる社会を形成し、交わることはなかった。だが、国と社会をコントロールしていたのは白人であり、黒人の生活環境の向上に手を貸すことはなかった。黒人は教育を受けられず、教育が無ければまともな職を得て貧困から脱することも出来なかった。貧困ゆえに犯罪に走る者が増えた。家庭は崩壊した。あらゆる苦労を乗り越えて教育を得ても、その先には冷酷な雇用差別があった。システムを変えたくとも、投票も出来なかった。つまり、黒人は白人側の豊かな経済システムにどうやっても乗り込めない仕組みとなっていた。これを構造的差別と呼ぶ。

 黒人が背負わされた負の無限ループはどれほど時代が進んでも延々と続いた。黒人へのリンチ、殺人も続いた。1950年代の半ば、黒人たちはとうとう業を煮やし、人間としての権利を得るための公民権運動を開始した。もっとも名を知られるリーダーはキング牧師だが、他にも多数のリーダー、運動参加者、そして白人の支援者もいた。公民権運動も複数の死者まで出すこととなったが、ついに1964年に公民権法が制定された。奴隷制廃止から99年目のことだった。ちなみに黒人差別の詳細を定めたジム・クロウ法は州によって異なり、白人と黒人だけでなく、白人と「ジャパニーズ」の結婚を禁じていた州もある。

1619:北米に初の黒人連行
(246年間)
1865:奴隷制廃止
(99年間)
1964:公民権法制定
(55年間)
2019:現在

*この年表を見れば分かるように、奴隷制246年に対し、奴隷解放後はまだ154年しか経っていない。

アメリカ史に操られる日本人の黒人観

 公民権法の制定は黒人市民とアメリカにとって非常に大きな前進だった。だが、奴隷制廃止の時と同じく、法の変化によって差別主義者の心が変わることはなかった。以後もあらゆる差別が延々と続いている。

 近年、ブラック・ライブス・マター運動が起こったのも、無くならない黒人に対する警察暴力への対抗としてだ。10年前に史上初の黒人大統領が誕生し、Post-racial America(人種問題後のアメリカ)と称されることもあるが、現実は異なる。車道を歩いていたという理由で18歳の少年を警官が射殺。オモチャの銃で遊んでいた12歳の少年が警官によって射殺。17歳の少年のカーステの音楽がうるさいと白人男性が射殺。運転中だった学食勤務の男性が警官に撃たれ、同乗していた恋人が死にゆく男性を警察暴力の証拠としてスマートフォンでストリーミング(車内には二人の娘の4歳児も同乗)など実例はいくらでもある。

 オバマ前大統領でさえ無名時代はこうした事件の被害者になる可能性があり、大統領に立候補したあとは、黒人ゆえにレイシストに暗殺される可能性があった。

 黒人の子を持つ親は、子供の身長が伸び出した時期に「警官に声を掛けられたら絶対に逆らうな」と教えなければならない。こんな先進国がいったい他にあるだろうか。

 今も人種による地域の住み分け、教育レベルの驚くほどの格差、所得格差が厳然としてある。同じ罪状でも逮捕される率、有罪となる率が黒人のほうが高い、懲役期間も黒人のほうが長いといったデータもある。職場で黒人社員のデスクにヌース(縛り首用の縄。昔の黒人リンチの象徴)を置く人種差別行為が今もある。白人の多い学校で黒人生徒が黒人特有のへアスタイルで登校すると退学になることすらある。ほかにも被害者が警察に通報しない、出来ないレベルの曖昧な、しかし確実に黒人を傷付ける人種差別は日常に無数にある。

 アメリカの黒人は400年経った今もこうした環境に生きている。これがブラックフェイス、ホワイトウォッシュ、サル呼ばわりを受け入れられない理由だ。今、日本人が考えなければならないのは、日本にも黒人はいること、その人口はこれから増えていくこと、自分に黒人を見下す言動があるとすれば、それは他国の奴隷制度の歴史に基づくものであるということだ。
(堂本かおる)

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