多様性を目指すゲーム業界と、アンチ・ポリコレゲーマーの衝突/今井晋さんインタビュー【前編】

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「Getty Images」より

「女性のゲームプレイヤーが上位にランクインできたのは、男性プレイヤーが協力したおかげ」という趣旨のツイートを見かけたことがある。そのとき、ゲームの世界でも性差別の問題が当然あるのではないか、という疑問が生じた。振り返れば、ゲームプレイヤー間のコミュニケーションはもちろん、ゲームタイトルのシステムにも、これは性差別ではないか? と感じることは確かにあった。

近年、ゲーム市場は日本でも世界でも拡大を続け、スマートフォンゲームは性別や年齢を問わず多くの人が楽しんでいる。また、2018年に開催された冬季平昌オリンピック・パラリンピックではe-sportsの大会が公認されるなど、ゲームの存在感は時とともに増し続けてきた。そうした中で、実際にゲームの世界において差別の問題があり、それが放置されているとしたら、決して望ましいことではないだろう。そこで、いまゲーム業界で起きている差別問題について、ゲーム・エンターテイメントサイトの「IGN JAPAN」の副編集長である今井晋さんにお話を伺うことにした。

ゲームを巡る保守とリベラルの戦い

――ゲームの世界でも性差別の問題があるのではないか、という疑問を持ったのが今回、今井さんにお話を伺おうと思ったきっかけです。振り返れば、他のプレイヤーとコミュニケーションの取れるオンラインゲームでは、残念なことに日常生活と同じように差別的な嫌がらせが見られますし、ゲームの中に性差別的な問題が組み込まれていることがあります。一方、こうした問題について調べてみても、海外のニュース等は見られても、日本独自のものがほとんど見つからなかったんです。

今井:そうですね。僕も軽く調べたことはありますが、日本では雑誌の中でこうした問題を取り上げている記事がたまにあっても、書籍レベルではまずないですし、アカデミックな研究もほぼされていないと思います。

――「ゲーマーゲート事件」という2014年に起きた有名な事件があります。この事件は、ゲームとジェンダーといったテーマを考える際に、象徴的なものなのではと思っているのですが、ヘビーなゲームプレイヤーやネット上の論争に関心のある人くらいしか知らないようにも思います。まずは読者にこの事件のことを紹介していただけないでしょうか。

今井:ゲーマーゲート事件はかなり複雑で、英語圏の文章もけっこうぐちゃぐちゃしているのですよね。今でも統一的な見解はありません。

2014年に起きたゲーマーゲート事件は、「女性のゲームクリエイターとゲームメディアが癒着している」という疑惑から始まっています。もともとはジェンダーに関する問題ではなく、日本でいうところの「マスゴミ批判」のような、メディアに対する反発から起きたものなんです。

しかし疑惑をかけられたクリエイターが女性だったことやクリエイターと過去に付き合っていた男性が告発したという情報も出てきて、徐々にジェンダーの問題も論点のひとつに含まれるようになったんですね。同時期に活動していたフェミニストも標的になり、脅迫を受けたこともあって、事件がどんどん大きくなっていったんです。

――女性クリエイターが「枕営業」していただとか、過去に付き合っていた男性の復讐だとか、どこまで本当なのかわからない話が広まっていましたが、一概にジェンダーの問題だとはいえないわけですね。

今井:メディアに対するある種のバックラッシュであり、その中にミソジニー的な傾向があったことは間違いありません。ただ、虚実が混ざっていますし、一面的には説明できないんです。まず、この事件について説明するには、当時のゲームシーンについて理解しておく必要があります。

当時の欧米のゲームクリエイターそしてゲームメディアは、いわゆる「多様性」という考え方を受け入れていたんですね。それ以前に、ゲーマーの半分が女性であるということが米国で行われた調査によって明らかにもなっていました。

――Entertainment Software Associationが2014年に発表した調査でも、女性プレイヤーが48%いると報告されていました。一般にイメージされているゲーマー、特に海外のゲーマーのイメージって現実とかなり違うと思います。

今井:そうですね。日本だと、ゲーマーって聞くと、もうちょっとオタクっぽいイメージですよね。

海外のマーケティングでは「テストステロンゲーマー」という言葉を作った人がいます。要するに「男性ホルモンゲーマー」のこと。彼らが好むのは「グランド・セフト・オート」だったり、レースゲーム、FPSの対戦ゲームなどなんですね。マッチョでウェーイ!って感じの人たちなわけです。

でもゲーマーといっても多様だということがわかってきた。これからは女性のためのゲームを作るべきだし、もっと言えば、白人、黒人、中国人、日本人とか、いろいろな人種がゲームに出てきていいし、LGBTなどの性的マイノリティが登場しても当たり前だ、という流れがあったんです。

しかし、こうした流れにのってゲームを作るクリエイターや作品を称賛する人に対して、攻撃が始まるようになります。というのも、「スター・ウォーズ」と、そのファンにズレが生まれてしまっているのと似ていて、ゲーム業界が理想とするゲームと旧態依然としたゲーマーの理想とするゲームが乖離しちゃっていたんです。クリエイターは多様性を表現したいと思っているし、受け入れられると思っている。メディアもまたそうした流れを称賛していた。でも旧態依然としたゲーマーからしたら「自分たちの世界が汚された」という感覚があったんです。主人公を女性にすると「なんで女を主人公にするの?」というし、「なんでゲイがこんなに目立っているの」と思ったりする。ゲーマーゲート事件はそういう作品を作るゲーム業界への反発も含まれていたわけです。

ゲーマーゲート事件は、最初にお話した、ゲーム業界の癒着という疑惑と、女性や性的マイノリティなどをエンパワーメントする流れに対するバックラッシュ、要するに「アンチ・ポリティカルコレクトネス」みたいなもの、この2つが中心となって起きていたんです。

――保守とリベラルの戦いみたいなところになっていた?

今井:結果的にはそうですね。ゲーマーゲート事件がきっかけでオルト・ライトが生まれたという説もあるくらいです。

――どちらもネット発という。日本をみているみたいです。

今井:日本とだいたい一緒ですね。日本の場合、クリエイターやメディアが多様性をあまり強く打ち出さないですし、むしろユーザー同士が喧嘩することが多いんですが。

――いまでも海外のゲームは多様性を意識した作品を作っているように感じますが、ゲーマーゲート事件にゲーム業界は動じなかったのでしょうか?

今井:そうですね。メーカーは多様なゲーマーの中の誰と会話すべきかを考えて制作しています。最近だと「バトルフィールド5」に女性キャクターが出てきたことに非難が集まったんですが、どちらかというと動じることはないんですよ。自分たちがやっていることは正しいと思っていますから。いまだにゲーマーゲート事件っぽいことをしている人たちは、発生当初に比べてかなり右傾化しています。要するにオルト・ライトになっていて、カルトじみているんですよ。ゲームどうこうとかいうレベルじゃなくて、みんな陰謀論みたいなところに行っている。だからゲームメーカーとしては、別に自分たちがやっていることが間違っているとは思っていないですね。

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