明るい未来を諦めた日からはじまる道がある――『血の轍』押見修造×『愛と呪い』ふみふみこ対談

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女をやめたい、男をやめられない

ふみ 私は愛子のお父さんの顔だけじゃなくて、そもそも男の人を描くのが苦手なんです。

押見 そうですか? 愛子が想いを寄せる塩谷くんとか、ちゃんと描いてるじゃないですか。

ふみ だから、塩谷みたいな女の子っぽい男の子しか興味がなくて。セフレの田中とか告白してくる遠藤とか、別に顔とか興味ないからサングラスとかメガネかけたりしてごまかしてるんですけど。

押見 本当だ(笑)。ふみさんの性への光の当て方は独特で、すごく面白いですよね。

ふみ 自分がちょっと変だなと思うのは「性をなくしたい」みたいなことばっかり描いてしまうんです。男性性みたいなものがすごく怖いし、本当に苦手なんですよね。だから好きに描いていいと言われたら、『ぼくらのへんたい』みたいに女装男子とか描いちゃうんですよ。

押見 確かに性別とか性差みたいなものをなくしたい、という欲望をすごく感じるんですけど、同時にそこがふみさんにとって出口なのかな、という感じもしますね。

ふみ 出口?

押見 あの、つまり性が消えるということが苦しみからの出口というか。何か魂が救われる手段、希望のようなものとして描いているのかなって。

ふみ ああ、そうかもしれないですね。私は可愛い女の子だけがいるアニメとか、『らんま1/2』みたいな性差のない漫画の世界観に救われてきたんですよね。だから「アニメとか漫画ってそういう夢の世界だよね」っていう気持ちがあって、性のない状態に憧れて描いている。でも出来上がってみると、男もいるしセックスもするし、自分から出てくるものとのギャップに苦しんでいますね。あれ、おかしいな、みたいな(笑)。

押見 僕は逆に、作品の中で過剰に性的なものに助けを求めがちなんです。

ふみ 私、押見さんの作品のように、自分を助けようとしてくれる異性も描けないんですよ。男になんて救われないというのが根底にあるのかもしれない。普通の女でいるということをやめて、ようやくひとりの人間になれた、みたいな話を描こうとは思っているんですけど。

押見 いまそれ聞いて思ったんですけど、もしかしたら、僕はまだ男をやめられないのかもしれない(笑)。自分の中の男が、助けに来てくれる妄想の女の子を描かせているのかも。

ふみ それ面白い(笑)。

押見 だけど結果的に、助けに来てくれる女の子はいるんだけど、自分がその人に応えられないという話ばっかり描いてますね。自分は助けてもらえる資格がない、というコンプレックスなんだと思います。ふみさんの作品に出てくる男は、確かに助けてはくれないけれど、田中が「お前は自分を特別な人間やと思いたいねん」って言うじゃないですか。あれは物語上すごく重要なセリフですよね。

ふみ そうなんです。田中の言ったことって冷たいんだけど、あの時の愛子に必要だったから無理やり言わせたんです。自分が被虐待児だということを拠り所にして、それを個性にしてしまうことが一番よくないと思っていたので。誰かに「そんなの特別じゃない」と言わせないといけなかった。一方で、結局自分の痛みは他人には分からないんだよ、というアンビバレントなセリフでもありますよね。「アフリカにはご飯を食べられない人がいるんだから残しちゃダメだよ」という説教とかと一緒で。

押見 そこは恋人のような男に言われることで愛子の孤独が際立つというか、自問自答でたどり着くのとまた違いますよね。

ふみ 実は最初、田中を女の子の設定で考えてたんです。同世代のギャルで、売春しまくってて、愛子に斡旋するくらいの。だけど女同士ってきれいなんですよ、どう描いても。

押見 ああ、そうですね。

ふみ そこに幻想が生まれちゃうから、愛子に必要なことを言わせるのは、きれいな、かわいい存在じゃダメだなと思ってギリギリで変えました。男に幻想はありませんから。

押見 男の子に救われない感じとか、女の子を拒む感じとか、僕とふみさんの作品の根底には、性的な自分に対しての自己否定感がありますよね。

ふみ 強烈にあると思います(笑)。

押見 自分が抱えている母親との問題が解決したりとかすれば変わるのかな、とか思ったこともあるんですけど。仮に親が死んだとしても、そのまま続いていくのかなと最近は思います。

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