松本人志のセカンドレイプが止まらない「嫌よ嫌よも好きのうち」

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 指原の警告を受けていったんは自身の発言について自問自答した松本だったが、結局は<やっぱり男女間のムードってあるじゃないですか。そんな明確に『いいよ』とか……、ねぇ? 『やろうね?』『いいよ!』『イェイ!』みたいな。これはすげえ冷めるし>と語り、性行為の明確な合意を得る過程は興ざめであると主張。

 またさらに、こんな持論まで展開した。

<でも、女性って途中で『いやぁん』って言うときあるよ>

 要は、松本は「嫌よ嫌よも好きのうち」と言いたいのだろうが、あまりにも前時代的な発想に、スタジオは微妙な雰囲気に。そこで、松本は再び頭を抱えながら<あれ? 松本、大丈夫か? 松本、いまのは大丈夫なんだな? いや、これは大丈夫! これは大丈夫や!>と叫び、スタジオは笑いに包まれたのだった。

 「嫌よ嫌よも好きのうち」は結局のところ、女性側が暴力に屈して受け入れざるを得なかっただけの構図である。それを同意があったと解釈するのは、男性側の身勝手極まりない認識だ。

 また、今回の事例のように、アルコールなどで正常な判断力を失っている相手に対する卑劣な行為も社会問題となっている。

 デートレイプの被害者を増やさないために、スウェーデンのような取り組みは前向きに議論されてしかるべきものである。

 そのときに、一番忌避されるべき発想が、松本の言うような「嫌よ嫌よも好きのうち」の理論を振りかざして、「女性側にも思わせぶりなところがある」と責任転嫁するものだ。

 しかも、これは準強制性交の被害者が刑事告訴している事例を扱ったなかでの発言である。番組は被害の訴えを無視して、「女性蔑視発言をすると世間から叩かれる」という構造を自虐ネタとして笑いにした。松本自身は「これは大丈夫や!」と叫んだが、はっきり言って、まったく「大丈夫」ではないだろう。

フジテレビ側の意識も問われている

 松本は<お得意の身体を使ってなんかするとかさ>炎上以降も、自身の発言の何が問題とされているのか理解できずにいる。

 同様に問題視されるべきは、フジテレビ側の姿勢である。

 『ワイドナショー』は生放送の番組ではなく、松本の発言が問題であると思えば、カットすることもできるのである。

 しかし、『ワイドナショー』のスタッフはそれをしなかった。つまり、前述の松本の発言を、面白いジョークであると判断していたということだろう。

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