豚は美味しくいただけ
この交渉は米中両国間の覇権の争奪戦という面があるだけに、双方が利益を得る「ウイン・ウイン」の形での決着は困難です。トランプ氏の「成果」が大きくなればなるほど中国の負担が大きく、中国の負担を抑えれば、米国の利益も小さくなります。昨年展開された関税の引き上げ合戦は米中双方の経済に負担となり、周辺国にも迷惑をかけました。それに比べれば、「米中合意」は世界から見てもプラスですが、本来は「争奪戦」であり、攻められる中国には分がありません。
さらに通商交渉を読みにくくしている問題があります。一般の「戦い」には勝敗がつき、白黒がはっきりするのですが、今回の米中通商交渉という「戦い」では別の事情もあります。つまり、トランプ・キッシンジャー組にとって、習近平国家主席はロシアのプーチン大統領とともに「インナー・サークル」の1人ということです。トランプ政権は習近平主席の下で、中国と「冷戦」を展開しようとしています。
したがって、表向きは中国と対立しているように見えますが、中国をとことん叩いて政権を維持できなくするわけにはいきません。むしろ、中国経済の美味しいところを、米国はいずれ自国の利益のために利用しようとしています。そのために、米国資本が中国市場に参入できるよう、さまざまな圧力をかけています。
つまり、米中通商摩擦といっても、米国は初めから中国をとことん叩く気はなく、中国を「生かさず殺さず」程度に締め上げ、中国経済の成長の「配当」を力ずくで手に入れる魂胆なのです。米国内は議会をはじめ、中国に対する強硬論が主流となっていますが、トランプ政権は表向き強く出ているように見せかけて、内実は習近平主席に逃げ道を与えようとしています。
もちろん、将来ハイテク化を進めた中国が宇宙軍の創設などで米国の安全保障を脅かす事態は許容しません。常に中国を米国の管理下に置いておき、トップを譲り渡すことがないようにします。気はありません。もともと米国の共和党は中国共産党の政権を認めておらず、台湾を正当な中国と見ています。現に米国太平洋艦隊に台湾海峡を通過させるなど、中台関係にも圧力をかけています。
わかりにくいのですが、米国からすれば現在の中国には正当性がなく、「冷戦」の対象ですが、習近平主席はトランプ・チームの仲間として扱う、という事情のなかで米中通商交渉の落としどころを探ることになります。トランプ氏は、中国の輸入拡大とともに、知財権侵害の阻止、あるいは国有企業への政府補助金の制限などで具体策を引き出せれば、これを最大限に「脚色」して成果を国民に訴えることになると思います。
米国の成果は裏を返すと中国の負担になり、中国の成長路線にこれまでよりも重しが乗るため、成長率が当面下がる可能性があります。それでも致命傷にはならず、習近平体制は維持されることでしょう。中国経済がハイテク技術を盗用して米国を脅かすようになった分、冷や水を浴びせられることになります。20年前の日本もそうだったように、米国のトップを脅かす「2番手国」はいつも叩かれる定めのようです。