ドレッドロックスの市会議員
先月、ニューヨークでは欠員による市政監督官の特別選挙がおこなわれた。多くの立候補者が出たなか、市会議員のジュマーニ・ウィリアムスが当選した。ウィリアムスはかつて「ドレッドロックスの市議」として知られていたが、今は短髪となっている。
ウィリアムスは2010年の初当選時、ニューヨーク市初のドレッドロックス議員として話題になり、自身の髪について以下のように語っている。
「政治家になる際、熟考した上で髪型を変えないと決断しました。私はアフリカとカリブ海からの自身の文化を非常に誇りとしているのです」
ウィリアムスはカリブ海のグレナダからの移民である両親のもと、ニューヨークのブルックリンで生まれ育っている。ブルックリンには大きなカリブ海系コミュニティがあり、濃厚なカリビアン文化が浸透している。ドレッドロックスもその一つだ。
だが、ウィリアムスは2年前にドレッドロックスを切り落とした。支持者から「セル・アウト(利益のために自身の文化や信条、同胞を裏切ること)」と批判された。「市長に立候補するためではないか」ともささやかれた。その時は「市長への立候補は考えていない。実は頭髪が薄くなりつつあり、かつちょうど40歳になったこともあって……」と、歯切れの悪いコメントを発していた。
昨年、ウィリアムスはニューヨーク州知事に立候補した女優/社会活動化のシンシア・ニクソンに付いて副知事に立候補した。二人は落選したが、先に書いたとおり、先月の選挙でウィリアムスは市政監督官に当選した。
ウィリアムスがドレッドロックスを切り落とした理由の真偽はわからない。だが、大きなカリブ海系コミュニティを含む選挙区では市会議員に当選できても、黒人の人口比率が下がる市全体、州全体が選挙区の場合、ドレッドロックスのままでの当選は困難だと言わざるを得ない。
一方、近年は黒人が黒人の髪質・歴史・文化に基づく髪型を維持するのは当然だとする考えも徐々に広まっている。新法のガイドラインにも「髪は人種・民族・文化的アイデンティティによる生来的なもの」であり、したがって「市の人権法によって守られるべき」とある。
ニューヨーク市限定の新法が全米規模ですべてを変えることは出来ないが、ニューヨークには今後、ブレイズやドレッドロックスの政治家や大手一流企業の幹部職員が出現するだろう。ウィリアムスも立候補があと数年遅ければ、髪を切るか否かの決断を迫られずに済んだのかもしれない。もっとも、有権者の心情までは法律で変えられないのだが。
ちなみに黒人の髪に特化した今回の新法の制定が可能だったのは、ニューヨーク市が全米屈指のリベラル都市であることに加え、現市長ビル・デ・ブラジオ(白人)の妻で社会活動家のシャーレイン・マクレイがカリブ海系の黒人でドレッドロックス、長男のダンテは大きなアフロ・ヘアであることも影響していると思われる。
日本にも根強い、黒人の髪への偏見
日本もオコエ選手のような著名人であればニュースになるが、アメリカと同様に全国の小中高校で黒人や、黒人と日本人のミックスの子供たちはアジア系の髪質に基づいた髪型を定める校則に苦しめられている。日本人の髪質も白人とは異なるが、直毛ゆえに白人と似た髪型となる。そこから直毛による髪型がスタンダードとなり、黒人の髪質・髪型への理解が進まない。
そもそも直毛化を押し付けること自体が人権の著しい侵害なのだが、黒人の髪は油分・水分が少なく、直毛化しても白人やアジア系の髪と同じテクスチャー(質感)にはならない。何をどうしても同じにならないものを、同じにせよという無理難題。これについては文部科学省が日本在住の黒人/黒人ミックスの子を持つ親に聞き取り調査をすべきだ。
もうひとつの問題点は、髪型と仕事の能力や学力を結び付け、精神論にまで繋げてしまうことだ。オコエ選手の髪型に対して「プロ野球選手として恥ずかしい」「チームの士気にも悪影響」「目立つのは良いが、野球関係で目立ってほしい」「髪型いじる前に、やることちゃんとやれ」「野球で結果を出していたら、髪型に文句は言われない」など、根拠のないコメントが飛び交っていた。
ちなみに昨年末、ニュージャジー州でおこなわれたレスリングの高校大会で、ドレッドロックスの選手が髪を切り落とされる事件があった。審判がドレッドロックスを規定違反とし、髪を切るか、もしくは出場辞退の選択を選手に迫った。個人戦ではなく団体戦であったこともあり、選手は髪を切ることに同意。大会職員が控え室ではなく、衆人環視の試合場で髪を切り落とした。
この件は大きく報道され、審判は解雇された。
これは人権侵害であるだけでなく、児童虐待でもあると筆者がツイートすると、「衛生問題もあるのでは」とのリプライがあった。ここにもまた別の偏見がある。頭髪の衛生・非衛生は髪型とは関係しない。しかし、ドレッドロックスは非衛生との先入観があるのだ。
ニューヨークは社会的マイノリティでる黒人を擁護するために、21世紀の今、髪型についての法律を作らねばならばかった。異なる文化を受け入れるのは、これほどまでに難しいのである。日本はとにもかくにも教育現場での規則変更と、まずは教員、続いて児童生徒への多文化教育が必要とされている。
(堂本かおる)
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