監督がオコエ選手の「髪を切る」のは差別&人権侵害~ニューヨークに黒人の髪型を擁護する新法制定

文=堂本かおる

社会 2019.03.07 17:05

「Getty Images」より

 昨年12月、楽天のオコエ瑠偉選手の髪型についての平石洋介監督による発言が取り沙汰された。

「ふざけた髪形でキャンプに来たら切りますよ。本当に監督室で僕がハサミいれますよ」
「プロ野球選手として恥ずかしくないようにしないといけない」
「似合ってないから髪を切れ」

 先月、ニューヨーク市では黒人特有の髪型に対してこのような言動をおこなえば、最高25,000ドルの罰金刑となる法律が制定された。

 ニューヨーク市の人権委員会が定めた新たな法律では、黒人特有の髪型(ドレッドロックス、コーンロウ、ツイスト、ブレイズ、バンツー・ノット、フェイド、アフロ)を理由にハラスメント、脅迫、処罰、降格、解雇をおこなってはならないとある。平石監督の発言は上司からのハラスメント、脅迫、処罰に当てはまる。オコエ選手の父親はナイジェリア人であり、オコエ選手の髪質と髪型は黒人特有のものだからだ。

縮れた髪を直毛にし、白人と同じ髪型に

 筆者は2年前に「“地毛証明書” がアメリカでは有り得ない理由:I Love Me!」と題した記事を書いた。多人種・多民族のアメリカにはあらゆる髪質・髪の色があり、それを生まれつきと証明する必要はない。ただし、社会ルールのほとんどがマジョリティ(白人)を基本に作られているため、マイノリティである黒人特有のヘアスタイルは現代社会においても差別・偏見の対象となっている。

 昨年の8月、フロリダ州の小学校の登校初日にドレッドロックスを理由に学校を追い出された6歳児の映像が出回った。父親と学校職員の口論を不安気な顔付きで見つめる少年の姿は痛ましかった。これと同様の事件は毎年、全米あちこちの学校で起こっている。

 2012年、ルイジアナ州のローカル・テレビ局の気象予報士が解雇された。黒人女性であるロンダ・リー予報士はナチュラル・ヘア(直毛処理をしない自然な縮れ毛)のショートカットだった。それを観た白人男性の視聴者が「ガン患者なのか?」「カツラをかぶるか、もう少し伸ばしたら?」「テレビ向けの髪型じゃないよね」とコメントしたことが解雇の発端だった。

 この件はリーが気象予報士であったためにメディアによって報じられたが、同様のことは全米の職場で起こっており、被害者が一般人の場合は報道もされずに終わっている。解雇はされずとも黒人特有の髪型への偏見を口にされる、それに耐えられず自ら辞職するケースもある。

 なぜ、こうしたことが続くかと言えば、先に書いたように、社会のルールがマジョリティ(白人)を基本に作られているからだ。

 アメリカに限らず多くの国や社会が、職場も含めたフォーマルな場では「きちんとした服装・髪型」でなければならないとするルールを持っている。きちんとした髪型とは、男性の場合は短髪、女性はロングヘア、それを束ねたポニーテール、まとめたアップドゥ、短めのボブやそのアレンジなど。昔と違い、今では短過ぎないショートカットも含まれるだろう。ただし、これらの髪型は直毛やゆるいウェーブヘアで出来るスタイルだ。黒人の縮れた髪質では不可能であり、彼らはリラクサー(黒人用のストレートパーマ)や、その他の手法でいったん直毛にするか、カツラを着けなければならない。

髪型を制限する学校も

 縮毛矯正を施さない自然なままの髪をナチュラル・ヘアと呼ぶ。ナチュラル・ヘアを編む、束ねるなどしない髪型がアフロ・ヘアだ。日本ではおそらく1960~70年代風の巨大なアフロを連想する人が多いと思われるが、髪の短い(小さい)スタイルも含まれる。

 アフロを編んだものがブレイズ、編み込みがコーンロウ、撚ったものがドレッドロックス、捻ったものがツイスト、小さなお団子をいくつも作るのがバンツー・ノットだ。いずれも縮れた髪をまとめるためのスタイルだが、髪が縮れているとひとつに束ねるポニーテール、2本のおさげ(三つ編み)などは出来ず、いくつも小分けにして編む、撚る、捻る必要がある。

 つまり、黒人特有の髪型は「非フォーマル(=カジュアル)」なわけではなく、そもそもはファッション性よりも実用性に基づいて自然と生み出されたものだ。だが、こうした事情は理解されず、白人の髪質による髪型がよしととされている。さらには前々回の記事「黒人を “チンパンジー” と呼ぶ日本人~黒人差別は日本も無縁ではない」に書いたように、黒人は奴隷という社会の最下層としてアメリカに連行されたため、そのスティグマが現代社会にも濃厚に残っている。黒人の髪型=非プロフェッショナル(技術や知識を持った職業人に見えない、職場にふさわしくない)という刷り込みだ。

 この刷り込みは黒人側にもある。髪型も含めて白人の外観を基準とする社会で生き残る~具体的には職を得るなど~のために白人の髪型を模倣し、黒人社会においてもそうした髪型が「きちんとしている」とされてきたのだ。故にティーンエイジャーの息子がドレッドロックスやコーンロウにすると「止めなさい」と叱る親が存在する。黒人地区にありながら、そうした髪型では「世間に通用しない」という考えから校則によって髪型を制限する学校もある。

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