政治

外国人労働者受け入れ拡大は何を意味するのか~「使い捨て」制度への依存と社会の持続可能性の喪失

【この記事のキーワード】

地域にとっての技能実習制度

 一方、技能実習制度は非都市圏の地域からみれば、なくてはならない制度になってしまっている。

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 人口ベースでみると、技能実習生の人口は愛知県が3万人弱で最も多く、千葉県や広島県の約1.4万人がそれに次ぐ。しかし愛知県や千葉県の場合、他の移民も多いため外国籍人口に占める技能実習生の割合は低い。これに対し、外国籍人口のうち技能実習生の割合が最も高いのは愛媛県で約48%を占める(図2)。つまり愛媛県に暮らす外国籍者のうち約半分が技能実習生である。愛媛県に次ぐのは、宮崎県、熊本県、徳島県、鹿児島県、香川県など四国や九州地方の各県であり、東北地方や北海道などがそれに続く。

 つまり非都市圏の方が、その地に暮らす外国籍人口に占める技能実習生の割合が多い。逆に、東京都は技能実習生の割合は1.4%, 神奈川県4.3%、大阪府4.7%など、都市部は技能実習生の割合が相対的に低い。

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 このように非都市圏で働く技能実習生は、その地域の主要産業の貴重な担い手になっている場合が少なくない。技能実習生の割合が高い上位三県における技能実習生が働く職種を示した図3を見てみよう。これは、JITCO(公益財団法人 国際研修協力機構)に申請した者に限定された数字だが、地域ごとの特徴は見いだせる。まず最も割合が高い愛媛県の場合、「繊維・衣服」や「その他」が多いことがわかる。このうち「その他」には、造船業で利用されることも多い溶接や塗装が含まれており、地場産業であるタオル産業や造船業で、技能実習生が多く働いている状況を反映した数字となっている。また宮崎県では農業、食料品製造、漁業が、熊本県では農業の割合が突出して高い。これらもそれぞれの地域の主要産業だろう。

 以上からわかるように、技能実習生とは、人口減少と高齢化・少子化が進み、働き手が少なくなった地域において、そこの主要な産業を支えてきた貴重な担い手なのである。

 こうした地域の立場に立てば、特定技能によって転職の自由が認められてしまったら、外国人労働者は賃金の高い都市部に移動してしまい、地域の人手不足の解消にはつながらないのではないか、という懸念はわからなくもない。

 しかし真の問題は、地域の主要産業が、転職の自由を認めず「奴隷制度」ともいわれてきたような技能実習制度に依存しなければ成り立たなくなっているという現実そのものではないだろうか。その現実を直視しないまま、今度は特定技能労働者の転職の自由をも可能な限り制限し、それによって地域に囲い込もうとするのは、この現実の矛盾を覆い隠す弥縫策としかいえない。

社会の再生産を困難にする制度としての技能実習制度

 技能実習生は、定住が認められていない短期労働者ゆえ、「住民」とは見なされにくく、自治体の多文化共生政策のなかでも十分な位置づけを与えられてこなかった。また地域の住民にとっても、技能実習生を雇い入れている企業関係者をのぞけば、つながりを作ることが難しい。にもかかわらず、技能実習生は―― 一定期間ごとに「入れ替わり」つつ――その地域に常に暮らしている。つまり地域にとって、技能実習生は、地域産業を維持するのに不可欠であると同時に、いわば「集合としての他者」としてそこに存在している。

 一方、この制度は、技能実習生からすれば、地域で働き、地域を支えているにもかかわらず、そこで産み、育て、老いていくことは許されていないということである。産業の担い手である技能実習生に次世代を育むことを認めないということは、長期的に見れば、当該産業、ひいては地域社会自体の再生産をこれまで以上に困難にするだろう。社会とは世代を紡いで継続していく(これを「社会の再生産」という)場だとするならば、筆者には、技能実習制度に依存して成り立つ社会とは、自らの再生産を諦めた場のようにしか見えない。

 とはいえ、こうした技能実習制度に依存するしかない地域の現状を招いた責任は、当該地域にのみ課すことはできないだろう。むしろその背景には、近代以降一貫して東京一極集中を進めてきた政治や経済がある。また、とりわけ20世紀末以降、グローバル化による国際的な競争の激化、新自由主義的な政策の導入、さらには、メディアによる「無駄な公共事業」批判などを背景に、地域は競争の渦に巻き込まれ、そのなかで、それぞれの地域は生き延びる方法を模索してきた。技能実習制度の活用とは、こうした矛盾を押しつけられた地域が、苦肉の生き延び方策として見出してきたものともいえる。

 だが、この制度の恐ろしいところは、人口減少という現実を覆い隠し、短期的に見れば企業や産業を存続させることを可能にし、それによって地域の人びとの生活も維持できるようになるということである。こうして「真の問題」は見えにくくなる。あるいはそれを知りつつも当面やり過ごすことができる。しかし、長期的に見れば、「使い捨て」の制度に依存する社会は、そこで働く人びとの育成を重視しない以上、自らの持続可能性をも失っていく。もちろんその点を認識して、業界や企業の持続的発展のために、外国人労働者の育成に力を入れる業界や企業もある(今回、特定技能2号が認められた建設や造船・舶用業はそうした傾向がある)。だが、多くの場合、日々の生き延びを理由として、この「使い捨て」制度をそのまま活用し、気がついたら自らの内側から蝕まれているのだ。

持続可能な社会の構想が必要である

 これは「地方」だけの現実ではない。今のところ「地方」にその矛盾が集約されているが、現実には、日本社会全体も、この「使い捨て」制度にますます依存するようになっている。実際、技能実習生の数は、東日本大震災以降急増し、2018年には31万人と5年前の倍になった(厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況」)。くわえて、すでに指摘したように、今回始まった特定技能1号による受け入れもまた、こうした「使い捨て」の側面を技能実習制度から引き継いでいる。その意味で、今回の受け入れによって、「使い捨て」への依存がますます深まる可能性もある。それは同時に、社会の持続可能性をますます喪失していくことでもある。

 こうした状況の中で必要なことは、外国人労働者の転職の自由を制限するというような、社会の矛盾を特定の個人・集団に不当に負わせる解決策ではないし、「外国人材の活用」という言葉によって矛盾から目をそらすことでもない。むしろこの矛盾を直視し、どのように持続可能な社会をつくっていけるのかを長期的な視点から考えていくことが必要ではないだろうか。

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